言葉を失って十年――大功徳は厳然と

三重県 Y さん 男性

僕は平成十三年、小学校五年生の時に信心するようになってから、これまでに大功徳をいただいたので発表させていただきます。

言葉を失って十余年 原因は判明したものの――  

僕の家は、昭和三十四年に祖父が創価学会を通じて入信しましたが、いいかげんな信仰で、邪宗にも深く関わっていましたので、よいことのあるはずがありません。  僕は三歳の時に、保育所の先生にいじめられたことから、ショックのあまり、家族以外の人といっさい話ができなくなってしまいました。そのため、保育所でも、また小学校でも、クラスメイトからのいじめに合い、本当につらい日々を送りました。

さらに、平成九年、僕が小学校三年生の時に、祖父が学会員にそそのかされ、日蓮正宗の御本尊様を捨ててニセ本尊に交換してしまいました。すると、それ以後、悪いことばかりが続くようになったのです。祖母は痴呆になって徘徊(はいかい)が始まり、父は十二指腸潰瘍で入院、また、母は網膜裂孔(もうまくれっこう)になって手術をし、さらに、僕も重度のアトピー性皮膚炎になるなど、家族に様々な仏罰が起こってきました。  

そのような中にあった平成十三年、まず、母が、妙観講のNさんから折伏を受けたことから、一家揃って日蓮正宗に帰伏することができたのです。 以来、僕も少しずつ信心を身に付け、勤行・唱題に励むようになりました。 僕は、他人と話ができなくなっている状態を何とか直したい、と思い、一生懸命に御本尊様に祈っていったところ、ある日、母の友人が新聞の切り抜きを持ってきてくれました。そこには、僕と同じように、人と話のできなくなった人が、治療に通っている小児心療センターのことが載っていました。それを読んで、僕も、さっそく、伊勢市から車で一時間くらいの所にある小児心療センターへ行き、検査を受けることにしました。  

検査の結果は、心因性緘黙(かんもく)と診断されました。これは、他人と接した時、とくに集団の中に入った時に、不安を感じて過度の緊張状態となってしまい、そのため言葉がしゃべれなくなってしまう、というもので、完全に心の病気であります。

「折伏で治るかも!」  筆談で懸命の折伏開始  

心の病気ですから、決定的な治療法もなく、気長に心のケアをしていくしかないのですが、僕は、これを何とか信心で治したいと思い、学園の先生にも『捨邪帰正(しゃじゃきしょう)のすすめ』の本を渡したりして折伏していきました。また、人と話ができますように、と御本尊様に御祈念していきました。  

そのような中、中学三年生となった去年の夏、第二十七回総会に参加したとき、T班長の体験発表を伺い、僕の身体にすごい衝撃が走りました。肺ガンであることを告知されても「折伏があるから大丈夫」という強い確信を持ち、さらに信仰に励まれた、という内容を伺い、僕の病気も折伏で必ず治せると思い、強く発心することができました。

それからは、日々の唱題を一時間、二時間、できる時には三時間の唱題を行ない、「折伏をさせてください」と真剣に祈っていきました。すると、不思議と勇気が湧いてきたのです。  そこで僕は、昨年の暮れから、学校に『捨邪帰正のすすめ』の本を何冊も持っていき、筆談ではありますが、友達に「ぜひ読んでほしい」と伝え、仏法講演会にも誘いました。そして、休み時間になると、一人ひとりに返事を聞きにまわりました。  

また、相手が言ってくることに対しては、『折伏必携』の五○問五○答の本を開き、適切な回答になっている箇処を、指でさして読ませる、という形で対応しました。自宅に呼ぶことのできた友達には、中西部長に来ていただいて折伏しました。 このように学校の中で折伏してきますと、離れていく友達も出てきました。また、「五年も信心しているのに、まだしゃべれないのか」とか「そんな宗教していたら友達なくすぞ」と言われたりもしました。学校の廊下を歩いていたら、「宗教!」と言われ、指をさされたりすることも度々ありましたが、折伏のためにいじめられるのは法難であり、法難は、受ければ受けるほど、自分の過去の罪障を消滅していけるのだ、と思うと、全く落ち込むことなく、喜んで受け止めることができました。

徐々に会話ができるように 難関校の受験にも合格  

すると、折伏を開始してから一ヶ月の過ぎた今年の一月の始め、まさに罪障消滅の功徳でありましょう、徐々にではありますが、僕は外に向かって声を出せるようになってきたのです。 母の姉である叔母さんを折伏しようと、声を掛けて仏法講演会に誘ったり、また、学会員を折伏するための電話かけもできるようになりました。神社の寄付を集めに廻ってきた人に対しても、僕が応対して、自分の言葉でハッキリと断ることができました。

さらにその後、中学校の卒業文集を書く際、僕は全て信仰のことでつづりました。例えば、自分が皆さんにおすすめする本、というところには『捨邪帰正のすすめ』と書き(笑い)、自分の十年後二十年後には○○しているといいなあ、という欄には、「十年後二十年後も折伏しているといいなあ」と、思いつくままに書きました(笑い)。  

当然、文集ですから、いろんな人が見ますので、さらに学校の中で広く悪口を言われることになってしまいました。 このことを母は、部長や班長に報告し、法難によりますます宿命転換ができる、と喜んでくれていたそうです。 こうして受けた、折伏による分々の法難を唱題で乗り越え、無事卒業式を迎えました。次は、いよいよ高校受験です。  

僕は、受験勉強に関しても、信心を根本に考え、講中の会合がある時は、勉強の合い間をぬって、できるかぎり会合に参加してきました。お登山にも必ず参詣し、その合い間に時間をみつけては勉強していきました。 そして、私立二校、国立一校、県立一校の四つの高校を受験することにしたのですが、僕が一番に行きたかった県立伊勢高等学校は、この四校の中で最もレベルが高く、担任の先生からは少し厳しいと言われていました。

しかし、御本尊様の功徳で、無事、受験した高校四つが全て受かり、念願だった伊勢高等学校に進学できることとなったのです(拍手)。 でも、ここで大きな心配が出てきました。 といいますのは、小中学校の時は、一言も他人と話をすることができず、文章でコミュニケーションをとることを、先生も友達も理解してくれていましたので、何とか学校にも通えました。その後、御本尊様の功徳で、他人と話ができるようになりましたが、しかし、それは一対一の会話に限ったことであり、集団の中で、思ったように話ができるわけではありません。  

周りが全て知らない人だらけの高校で、会話もできない、となれば、いったい僕の高校生活はどうなってしまうのか、不安が込み上げてきたのです。 僕は、これを何としても克服しなければならないと思い、春休みは毎日三時間以上の唱題に励んでいきました。

大勢の前でも声が出た! その時、大きな拍手が  

すると、その結果は厳然と現われました。忘れもしない、高校の入学式の前日のことです。その日は折伏拠点闘争の日でした。 拠点で、皆さんと共に唱題をした後、講頭の指導集『顕正への道』の最初の項目である「これが折伏だ」というところを、一人ひとり順番に読むことになったのです。隣に座っている母の番になり、どうしようかとドキドキしていたところ、突然、母が「はい、けんちゃんの番!」と言って、本を僕に渡してきたのです。

その時は、びっくりして焦ってしまいましたが、覚悟を決めて読み始めました。僕に当たったのは、「折伏して受けた悪口こそ宿命転換の大功徳」という項目で、約一ページ半もありました。 皆さんの前で、しっかりと読み終えたとき、部屋中に拍手が起こりました。拠点の御本尊様の前で、また、大勢の同志の皆さんの前で、十三年ぶりに、公に声を出すことができたのです(大拍手)。まるで、僕の第二の人生の始まりと感じられるほどの、記念すべき日でした。  

そして、無事、翌日の四月十日の高校の入学式を迎え、僕は、自分で自己紹介もでき、授業においても当てられたら普通に答えられるようになりました。新しい友達とも会話ができています。 そして今、このような大勢の前で体験発表ができる、ということ自体、僕にとっては奇跡のような、信じられないことであります。

 僕は幼い頃からしゃべれなかったことで、苦しいことや辛いことが本当にたくさんありました。しかし、この信心に巡り合ってから、御本尊様に助けていただき、やっと明るい人生の転機が訪れました。このことに深い感激を覚え、この御本尊様が本当にありがたくてありがたくて、心より感謝申し上げている毎日です。 「声を聞かせてくれて  ありがとう!」  この現証をもって折伏にあたっていく中で、中学校の時の担任の先生を拠点へ連れ出してお話したところ、入信決定(けつじょう)には至りませんでしたが、「声を聞かせてくれてありがとう」と、本当に驚き、また喜んでくれました。  

また、友達の森山君も、僕がしゃべれるようになったことを目の当たりにして、「すごいなあ。僕も一度話を聞いてみたい」と言ってきましたので、仏法のお話をしたところ、素直に入信することができました。森山君も現在、喜んで信心に励んでいます。(拍手)  また、最近の体験ですが、もともと僕は中耳炎になりやすく、鼓膜の内側に水が溜まり、耳鳴りもして、非常に聞こえにくい状態でした。そのため、病院へしょっちゅう通って水を抜いてもらっていましたが、なかなか良くならず悩んでいました。

先日、このことを中西部長に相談したところ、「当病平癒(とうびょうへいゆ)の御祈念をお願いし、折伏をしっかりやっていきましょう」との指導をいただきました。さっそく小川御住職様に当病平癒の御祈念をお願いし、翌日、高校で同じクラブに入っている友人を折伏したところ、すごく反発され、ひどく過激な悪口を言われました。  その日、病院で水を抜いてもらおうと思っていたのですが、なんと、家に帰り、鼻をかんだら、同時に耳がスーッとして、治ってしまったのです。今までずっと悩んでいたのが嘘のようでした。  

こんなことなら、もっと早く指導を受けておけばよかったと思いました。  今後は、御本尊様からいただいたこの口を十分に使って、平成二十一年に向け、講頭・諸先輩の御指導に従い、日々折伏を行じてまいりたいと思います。 どうもありがとうございました。(大拍手)

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