法華講員 VS 日蓮宗住職<序章>

メール1・日蓮宗住職からの疑難
(平成29年9月16日 受信)

 
  戒壇本尊への質問を、少しさせて頂いて、それにお答え頂くことが最優先だと思いますが、いかがでしょうか?そちらの根幹の問題ですので。

 特に、富士門流の根幹、自称日蓮聖人作本門戒壇の大本尊については、冷静な研究が必要だろうと思います。

 最初の質問です。
 戒壇の大本尊に匹敵する根幹の質問、お待ちしております。貴殿も、是非まずはこの二つにお答えを頂ければ幸いです。

 貴殿は、唯一無二の宗教を自認し、それゆえに他を非難し、人を勧誘するわけですから、当然、信仰の対象への指摘には誠意をもってお調べ頂けるものと期待しております。

一、 (有師物語聴聞抄佳跡上・・・富士宗学要集第一・二五一頁)の矛盾

 この世に初めて出て来たと、大石寺第三十一世日因言うところの「有師物語聴聞抄佳跡上」には
『次に本門戒壇の御本尊の寸尺、長四尺七寸五分、横弐尺壱寸七分
・・・御首題御勧請皆金薄なり、仏滅後二千二百廿余年等と云々、
御端書、右為現当二世造立件、本門戒壇之、願主弥四郎国重敬白、
法華講衆等、弘安二年 十月十三日 云々』
とあります。

 もちろん、この書も三十一世になって突然出てきたので、文献学では日有の書かも疑義がだされてきたものですが、大石寺では、これが初出とするわけですね。

本門戒壇の大御本尊にある日付は、「 十月十二日 」です。

この矛盾をどう思われますか?
当然これが戒壇の大本尊の初出ですから、日蓮聖人の書にはおろか、日興さんも日目さんも、そこから八世まではどこにも出てこないわけですね、戒壇の大本尊ほどのもののことが。

九世になって突然出てきたかと思えば、その日付が違っていると。
これをどう思われますか?

 

二、(三師御伝土代・・・富士宗学要集第五・一二頁)との矛盾 。
 大石寺三世日道の三師御伝土代には、
『仏滅後 二千二百三十余年 が間、一閻浮提の内、未曽有の大曼荼羅
なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く云々』
とあります。
本門戒壇の大御本尊には、「 二千二百二十余年 」とあります。
 日道は、当然本門戒壇の大御本尊を相承された唯受一人血脈相承の人であり、戒壇本尊を相承されていながら、別の曼荼羅への信仰を求めていることになります。
 この矛盾はどう思われますか?

 私は過去に、法華講員、妙観講員、顕正会員など富士系の信徒一二〇〇名と会ってきましたが、最初の段階でのこの二つの問に、しっかりとお答えを頂いたことがありません。
指摘事項はまだまだ大量にあります。

 是非ともご見解を頂ければ幸いです。

 皆さん最後には答えず逃亡してしまうのですが、その時の逃げ口実は「信じればいいんだ!」です。
 その程度なら他を非難し、人を勧誘する権利を有さないと存じます。誠意あるご対応を切にお願い申し上げます。
再 拝
日蓮宗 鎌倉 薬王寺 住職
全日本青少年育成協会長 理事長 大埜 慈誠 拝

 


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