法華講員 VS 日蓮宗住職<序章>

メール4・法華講員からの破折
(平成29年9月21日 送信)

 
  貴職の返信を拝見しました。

 まず断っておきますが、この法論におけるメールは、一日一通までにする、という取り決めでした。後から後から続けて送信するような真似はしない、ということで貴職も合意していたはずですが、最初からこれを破って三通ですか。
厳格にいくなら、この時点で貴職は違約したのですから、負けと決めつけられても仕方のないところです。貴職は約束を破ることが平気でできる人間なのですね。
 ともあれ、今回は初めてのことですから、注意だけしておきますので、以後は違約しないようにお気をつけください。

 以下、貴職の弁明を破します。

①貴職は「有師物語聴聞抄佳跡上」の冒頭に
「日因私に云く此の丁聞書誰人之を記するや未だ其の人を見聞せざるなり、然るに南条日住の聞記百二十一個有り、之に准して之を思うに恐くは是南条日住の聞書なるべし。或は亦日有上人の御直記なるか」
とあることをもって、
「誰が書いたものか日因さん自身が分かっていないわけですから、『私の曰』と書かざるを得ないのでしょう」
などと馬鹿げたことを述べています。
このような読解力、このような日本語能力で、法論をしようなどと、百年早いと申し上げておきます。

 
 この文意は、「日因私に云く、この聴聞書は誰が記録したものか不明である。しかし、南条日住が日有上人から聞き書きした百二十一個条(いわゆる日有上人化儀抄)があることから考えれば、おそらくこれは南条日住が(日有上人から)聞き書きしたものであろう。あるいは日有上人の御直記であろうか」というものです。
 そして、その内容は、「本書に云く」さらには「日有上人の仰せに云く」として示される本文部分と、その後に一段下げて「日因私に云く」として加えられた注釈から成っています。

 すなわち、この書は、第九世日有上人の所談の聞書と、それに関する第三十一世日因上人の注釈からなっているものであり、「誰が書いたかも日因さん自身が分かっていないわけですから、『私の曰』と書かざるを得ないのでしょう」などという貴職の言は、 全く読解力ゼロの愚人の戯言です。
 こんな調子で資料をデタラメに解釈して、それを得意満面に出してこられては、法論がまともに進みません。だから百年早い、というのです。

 

 ②貴職は、このような突拍子もない解釈を示した上で「私も(この書が)日因さんのものだと思ってますよ、当然」などと述べています。
 とぼけないでください。貴職は前には
「これが戒壇の大本尊の初出ですから、日蓮聖人の書にはおろか、日興さんも日目さんも、そこから八世まではどこにも出てこないわけですね。戒壇の大本尊ほどのもののことが。九世(日有上人)になって突然出てきたかと思えば、その日付が違っていると。これをどう思われますか」
と述べて、これを日有上人の説としていたのですよ。
 この文のどこをどう読めば、日因上人の説だと思っていた、などと読めるのですか?少なくとも、戒壇大御本尊に触れた当該箇所について、貴職は、明確に日有上人のものとして批判をしているではないですか。
 私が、それを前提にして、貴職の誤りを破折したところ、今度は「自分も最初から日因上人のものだと思っている」などと主張を変更するわけですね。こういうのを、無節操とか、欺瞞、誤魔化しというのです。
 もはや、この時点で、貴職が前言を翻したことは明らかである、と断じます。

 

 ③私は、戒壇大御本尊の建立日付について、すでに二十六世日寛上人の時に「十月十二日」であることは広知だったのだから、後世の日因上人が「十月十三日」とお書きになったのは、臨時の御失錯(ごく稀に起こりうる錯誤)であろうと、ごく客観的な見方を述べました。
 しかるところ貴職は、これを奇貨とし、逆手に取って「血脈相承の真偽が問われる」「こんな重大ミスを犯す人が」云々と、日因上人を揶揄する言葉を並べ立て、「そういうことになるがいいのか」とばかりに、論点を外しにかかってきました。
 これは、もはや真面目な学究者の論談ではありません。かつて、よく嫌がらせに出てきた創価学会教宣部と称する連中と、全く同じレベルです。
 重ねて言いますが、貴職の言は、都合が悪くなった時に論点を外す、卑怯者の手口に他なりません。
 私は、貴職がもう少し真面目な学究者であるかと、見損なっていました。
いずれにしても、私は自らの所論を妥当と思っておりますし、冷静な第三者も皆そう判断されましょうから、貴職の手口に乗って撤回することなどありません。
 また、いかに貴職が日因上人を揶揄しようと、それで反論になどなってはいない、ということをはっきり申し上げておきます。

 

④この件につき、貴職は、「大石寺の公式な見解ですか?」「大石寺の公式見解なのですね?」「それが大石寺の公式見解なのですね?」「これは大石寺の公式見解なのですね?」等々、なんと、短い文中に四回も同じ文言を繰り返しています。
 貴職よ、記憶は大丈夫ですか? そもそも、この法論は、寺を背負ってはできない、という貴職の要望により、個人的に行なうことになった法論です。
 したがって、私は、妙観講を代表する立場でもなければ、むろん大石寺を代表する立場などでもありません。あくまでも私個人として貴職(世間的な敬意を表して貴職と書きましたが、正しくは、個人の「あなた」です)と法論を始めたのです。
 しかるに、返答に窮すれば「それは大石寺の公式見解か」と切り返すわけですか?
これも貴職の卑怯な論点外しです(といっても自己陶酔気味の貴職には、卑怯と感じられないかもしれませんが)。

 私は、あくまでも私の宗教上の信念によって貴職との法論に臨んでおり、また自らの述べたことは、大石寺の教義信条に適っている、と確信しています。それで十分だと思いますが、それが不服なら、個人としての法論を要求した自らが間違っていた、として、法論から逃避なさるしかありませんね。
 なおまた貴職が、これは大石寺の公式見解かと、幾度も幾度も繰り返されているのを見ると、失礼ながら「半狂乱」になりかかっているのではないか、と思います。言葉は一回言えばわかりますから、こんな異常な繰り返しをする、動転した心を鎮めて、もっと冷静になったらいかがですか。

 

⑤貴職は、日道上人の「御伝土代」について、私が「もとより『二千二百二十余年』と『二千二百三十余年』の御本尊を対比して『二千二百三十余年』の御本尊を簡ぶ、という文意ではありません」と述べた文を引いて、「そんなことを言っているのではありません。誰が対比などしていると解釈しているでしょうか?」などと言っています。

  しかし貴職よ、
「『二千二百二十余年』と書いている戒壇本尊がありながら、なぜ『三十余年』と書いてるという曼荼羅に背くなと言っているかを問うているのです」
というのは、どこからどう読んでも、「二千二百二十余年」とある御本尊と「三十余年」とある御本尊の対比ではないですか。
 頭は大丈夫ですか?
 貴職の狂いぶり、もしくは日本語能力のなさに、もはや、説明の術を持ちません。

 

⑥一つだけ、重ねて教えておきますが、本宗では、「二千二百二十余年」と「二千二百三十余年」のいずれの仏滅讚文が示された御本尊も、皆、宗祖大聖人の御魂であると拝しており、「二十余年」と「三十余年」の御本尊が異なっているとは見ておりませんので、日道上人の仰せも、特にそこに拘ったものではない、ということです。

 

⑦貴職は、
「安永弁哲氏に、細井日達さんは下記のように言ってます。
『安永君は板御本尊の下方の部 に 仏滅後二千二百二十余年 未曾有の大漫荼羅の御文が入れてあるというが、よくも斯様な 出鱈目 が言えたものと唯あきれる許りである。 一度も拝せずして世情の与太議論の書を半齧りして根も葉もないことを誠しやかに論ずることになる。』
いったいどうなっているのですか? 細井さんに至っては、二十余年までも否定されている。 開帳できる貴殿は、ご覧になられた時にどう書いてありましたか?是非教えてください」
などと、第六十六世日達上人を謗ずる言を述べています。
 末尾の「どう書いてありましたか?是非教えてください」というのは、愚かな期待を抱いての言葉でしょうが、その期待を裏切る事実を、御開扉を受けている一人として教えてさしあげましょう。


 戒壇大御本尊の仏滅讃文は、まさに日達上人の仰せどおり、下方の部ではないところに「二千二百二十余年」とお認めですよ。
 貴職の思い込みによる、勝手な決めつけが、またまた明らかになりましたね。
 つまり、日達上人が安永弁哲の所論を「出鱈目」と言われたのは、「二十余年」についてではなく、その認められている位置について、なのです。それを、邪な眼で読むから、読み違えるのです。
 このことからも、貴職は、自らの立ち位置の偏りを自覚すべきであります。

 

⑧貴職は、日道上人の「御伝土代」の解釈について、私が「『釈尊像を本尊として崇め、正像二千年間に未曾有(すなわち末法に初めて出現)の曼荼羅御本尊に背けば、無間地獄に堕ちる』との趣旨で、釈尊像を崇めることを批判されたものに他なりません」と述べたことに対し、「どう解釈したら、こんな歪曲解釈になるのでしょう」などと言って、次下に日興上人の「原殿御返事」の一節を挙げ、そこから、論題を日興上人の本尊観に すり替えていっています。
 

 日興上人の本尊観については、また別な項目を取って、掘り下げて論ずべきと思いますが、ここでは、あくまでも日道上人の「御伝土代」の一節の読み方が論題のはずです。
貴職らのように日興上人の本尊観を都合よく解釈している輩にとっては、この「御伝土代」の一節は意に反する内容でありましょう。だからといって、この「御伝土代」を正面から読解することを避け、代わりに自分達なりの「原殿御返事」の解釈を持って来る、などという手口を使っていたら、永遠に真実はわかりますまい。
 もう一度、当該「御伝土代」の一節について、表題として示されている意味、その内容の一々の意味を、よくよく読んでご覧なさい、と言っておきます。これで十分でしょう。

 

⑨ここで貴職が持ち出してきた、日興上人の本尊観や、後に出てくる「御本尊七箇之相承」における書写御本尊の讃文については、ここで決着させるべき貴職の二つの疑難から、また別な方向へ論点が逸れていくので、取り上げません。

以上、貴職の卑怯未練な弁明を破し尽くしました。
貴職の違約、読解力のなさ、欺瞞、卑怯、顛倒、偏見、すり替え等々が白日の下に晒されましたが、これらは、まさに雑乱した本尊を祀っているが故の、頭破七分の現証であります。 よくよく自らを振り返って、それに気付くべきでしょう。

以上

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