法華講員 VS 日蓮宗住職<序章>

メール6・法華講員からの破折
(平成29年9月24日 返信)

 
  前略
 貴職の本性が丸出しになったような返信を拝見しました。
何度も忠告申し上げているように、もっと心を落ち着かせて、熟慮して文を書かれた方がよいと思いますよ。

 まず、貴職は私の所論を「揚げ足取りばかりで答えになっていない」などと言っていますが、答えになっているか、いないかは、回を重ねる毎に明らかになっていると存じますし、貴職の独善的な思い込みの強さによって議論が噛み合わなくなっていることや、貴職が勝他の念から頑として自らの誤りを認めまいとしていること等が、客観的に明らかになっている、と確信します。
 個人対個人とはいえ、正式な法論であり、メールの文章を証拠として残している以上、いずれ、この内容は公の目に触れるでしょうから、自ずと審判は下ります。それをお互い楽しみに、法論を続けましょう。

 

①最初に、法論の出発点となった「有師物語聴聞抄佳跡上」に関して、私が、これは日有上人の所談と、それに関する日因上人の注釈をまとめた書であり、貴職はその日因上人の注釈部分を日有上人のものと見誤っている、と指摘したことに対し、貴職はあくまでも、
「富士宗学要集目次 は
『日有上人談 日因上人記  有師物語聴聞抄佳跡 上』
こうなってませんか?これを有師の言としてきたのはだれであろう大石寺ですよ」
「揚げ足とるのやめましょうよ。時間も機会ももったいない」
「私はこの書を見た時から、『日有の名を借りた、日因の創作書』だと思っていましたよ」
などという妄説を主張しています。

 そこで、まず、文献の理解すらできなければ法論など進められませんから、その趣旨において、この文献についての位置付けをはっきりさせておきましょう。

以下、日本語の理解に乏しい貴職のために、明らかな事実を示して、貴職の主張が誤っていることを証明します。

 

 「有師物語聴聞抄佳跡上」の文中、「本書に曰く」「日有上人の仰せに曰く」以下の文章ですが、これは、日有上人所談の聞書「御物語聴聞抄」からの引用であります。
そして、その「御物語聴聞抄」の一節一節について日因上人が注釈を加えられたのが「有師物語聴聞抄佳跡上」なのです(ゆえに富士宗学要集の目次では、「有師物語聴聞抄佳跡上」の中に、日有上人談の部分と、日因上人記の部分があることを、併記して示しているのです)。

 ですから、もとより大石寺では「これ(有師物語聴聞抄佳跡上の注釈部分)を有師の言」だなどとしてはいません。
また「私はこの書を見た時から、『日有の名を借りた、日因の創作書』だと思っていましたよ」などという貴職の主張も、邪心から出てくる妄想であります。

 

 ここまで説明すれば、わかりましたか?まず日有上人談「御物語聴聞抄」という書があり、それに日因上人が注釈を記された「有師物語聴聞抄佳跡上」があるのであり、これは理解の相違ではなく、厳然たる事実です。
 しかるに貴職は、「御物語聴聞抄」と「有師物語聴聞抄佳跡上」とがあることも知らず、日因上人の記述を日有上人のものであるかのように言ったり(これは前回指摘しましたね)、日有上人の所談をも日因上人が創作したかのごとく決めつける、という混乱を生じ、その上から謗言を恣にしているのです。

 こんな出鱈目な理解では(貴職は文献学云々と言っていますが)、貴職の主張は支離滅裂となり、まともな法論など進められようはずがありませんので、労を厭わず貴職の誤りを指摘した次第です。

率直に自身の誤りを認めたらいかがですか。

 重ねて言いますが、貴職は文献の内容についての読解力が大きく欠如しています。その自覚もなく、強気で出鱈目な解釈を加えてこられますが、こんなレベルで法論をしようとは百年早い、というものです。

 

②次に私が、貴職の
「これが戒壇の大本尊の初出ですから、日蓮聖人の書にはおろか、日興さんも日目さんも、そこから八世まではどこにも出てこないわけですね。戒壇の大本尊ほどのもののことが。九世(日有上人)になって突然出てきたかと思えば、その日付が違っていると。これをどう思われますか」
との言葉を挙げて、
「この文のどこをどう読めば、日因上人の説だと思っていた、などと読めるのですか?少なくとも、戒壇大御本尊に触れた当該箇所について、貴職は、明確に日有上人のものとして批判をしているではないですか」
と糾弾したことに対し、
「揚げ足とるのやめましょうよ。時間も機会ももったいない」
などと逃げを打ってしまわれました。

 

 この言からすれば、貴職が戒壇大御本尊についての初出を日有上人談であると書いたのは、貴職の日本語能力が足らなかったに過ぎない、これをまともに取り上げて批判してくるのは揚げ足取りだ、そこを攻めるのは止めてほしい、ということですね。

よくわかりました。

 でも自分の表現の間違いを、相手側に転嫁するのは、やめてくださいね。何か「言うだけ番長」みたいで、正直さが感じられませんから。こういう姿勢は、世の中の青少年にも、良い影響を与えないと思いますよ。

 

③次に貴職は、私が、戒壇大御本尊の日付は前代の日寛上人も明らかに「十月十二日」と述べられており、これは宗内で広知の事実だった、したがって後代の日因上人が「十月十三日」と記されたのは臨時の御失錯と考える他ない、と述べたことについて、
「三十一世だろうと、戒壇本尊を相承された唯受一人血脈者が、相承を受けた十七年後の書物で、宗祖の命日と戒壇本尊の造立年月日を書き間違えたと。あなたはそれで納得なのですね?
あなたがそれで納得しているならばそれでいいのではないでしょうか。
血脈相承が聞いてあきれますが」
などと言ってこられました。

 

 これだから貴職は真面目な学究者ではない、というのです。

 そもそも貴職が私に問うたのは、戒壇大御本尊の日付が初出から不確かではないか、との疑難でしたよね? 私が、その疑難は当たらない、その以前から「十月十二日」は宗内で広知だったからだ、と明らかにしたところ、それに対する貴職の答えが、日因上人への揶揄誹謗というわけですか。
呆れて物が言えません。

 このことからも、貴職は、表面上は偏りのないフリをしながら、内心は大石寺に対する勝他の念と怨嫉で固まっていることが、よくわかります。

 いずれにせよ、本宗では、血脈相承を尊びますが、それは法主上人の凡身の無謬論ではありませんので、いくら貴職が揶揄したところで、当方の教義信条が揺らぐわけではなく、ただ貴職の命が濁り、悪業が刻まれるだけのことであります。

 

④このことに関連して、貴職は
「それで最初の質問です。戒壇本尊初出はなんという書物で、誰の著作ですか?
これは前にも聞いてます」
と、更なる質問をしてきています。
 質問は、当初の疑難が決着してからにしてください。さもないと、話題がどんどん拡散して、明確な結論が出なくなってしまいます。
 「これは前にも聞いてます」とも言っていますが、貴職がこの問いを出してきたのは途中からであり、当初の疑難の中には含まれていません(最初のメールを見直してご覧なさい)。
 いずれにしても、一つずつ回答し、決着を付けていきますから、慌てなさるな。次下の
「で、その最古の書の執筆者の時代まで、宗祖はおろか日興上人も日目、日道もだれも戒壇本尊にふれていないのは何故ですか?なんとも思いませんか? 」
との問いにも、順を追って回答してあげますから、慌てずお待ちなさい。ただ、一つだけ言っておけば、戒壇大御本尊については、上古の時代から随所で触れられておりますが、貴職の勉強不足か、あるいは目が曇っているために、それらが見えないだけのことです。

 

⑤また貴職は、私が
「どこからどう読んでも、『二千二百二十余年』とある御本尊と『三十余年』とある御本尊の対比ではないですか。 頭は大丈夫ですか? 」
と述べたことに対し、
「『図し給ふ御本尊に』をどう読んでるんですか?それこそ頭は大丈夫ですか?『そう書かれている本尊』以外の読み方があるのですか?
『二千二百三十余年云々と書いてある本尊に背くな』と、『日本語』で書いてるのが読めませんか?
二十余年とある戒壇本尊を相承されていながら、『二千二百三十余年と書いてある』本尊に背くなと、どうしてなっているのかを聞いているのです」
などと述べていますが、もはや貴職が何をもって反駁としているのか、意味不明です。全く議論が噛み合っていません。
 この箇所については、重ねて説明などしても無駄でしょうから、当方の文をよく読み直してから改めて反駁してください。

 

⑥また、これに続けて貴職は、私が「本宗では、『二千二百二十余年』と『二千二百三十余年』のいずれの仏滅讚文が示された御本尊も、皆、宗祖大聖人の御魂であると拝している」と述べたことに対し、
「え?あなたの文意では、別に『本門戒壇の大御本尊』でなくてもいいということになりますよ?
歴史上、日蓮宗などが所持している宗祖曼荼羅さえ否定してきたのではないのですか? 」
「ということは、戒壇本尊以外の宗祖本尊(筆跡鑑定された百二十数遍)も、『信仰の対象として認める』ということでよろしいですね? 」
などと反駁されています。

 法論において、相手の論点を批判しようというときは、もう少し相手の教義を調べてからにした方がよいのではありませんか?
 貴職の主張は全くの的外れであり、反駁にも値しませんが、かといって放置すれば、どうせ貴職のことですから「反論に詰まって逃避した」と言うに決まっています。
 ゆえに、煩わしいことですが、本宗の教義信条の一端を教えておきます。

  本宗では、仏滅讃文が「二千二百二十余年」の御本尊も「三十余年」の御本尊も、いずれも宗祖大聖人の御魂と拝しています。そして、その全ての御本尊の中心・本体にあたるのが、広宣流布の暁に本門戒壇に安置される弘安二年の大御本尊である、と拝しているのです(それは、本門戒壇は一閻浮提の衆生の参詣すべき道場ですから、そこに安置される御本尊は総体、それに対し、個々の信受する御本尊は別体にあたるからです)。
 しかして、この中心・総体の大御本尊から離れ背く人々は、いかに別体の御本尊を拝んだとしても、木の幹から切り離された枝に養分が行かないように、大御本尊からの血脈が切れ、何の功徳もないのです(現に、貴職の属する日蓮宗の寺々の僧侶方も、自分の宗旨には功徳などないと認めていましたよ)。
 また、総体の大御本尊に背く人々が、いかに宗祖の顕わされた曼荼羅本尊を護持していたとしても、そこには別体の意義が具わりませんから、我々はそこで礼拝したりしないのです。
 したがって、宗祖の顕わされた仏滅讃文が「二十余年」の御本尊も「三十余年」の御本尊も、いずれも宗祖大聖人の御魂ですが、総体の本門戒壇大御本尊から離れた曼荼羅は、信仰の対象とはできない、というのが本宗の教義信条であります。
これだけ説明すれば、貴職の批判が全くの的外れであったことがわかりますよね。

 

⑦次に、貴職が日達上人の所論を挙げて、
「いったいどうなっているのですか? 細井さんに至っては、二十余年までも否定されている。 開帳できる貴殿は、ご覧になられた時にどう書いてありましたか?是非教えてください」
などと述べたことについて、私は、それは貴職の読み間違えであり、日達上人は二千二百二十余年を否定したのではなく、讚文の位置が「下方の部ではない」と言われたのだ、ということを明らかにしました。
 すると、驚いたことに貴職は、
「またすごいことを言いだしますね。
では、どこに書かれているのですか? 写真を見た限り、主題の経の旁の下、宗祖花押の上、つまり下部に見えますが、どこの部に記されているのですか?
まさか、下部ではなく、右下部であるとでも言いたいのですか?
それを言う為に細井さんはあのようなコメントで批判したとか言うつもりではありませんよね? 」
などと言い返してきました。

 大御本尊の下部には別な示し書がありますので、その上の花押の、更に上を「下部」とは言いませんよ。

 しかも、貴職が言いたかったのは、日達上人が二千二百二十余年を否定した、というのでしょう?
 それが貴職の読み間違えだった、ということを明らかにしたのですから、素直に認めたらいかがですか。 こういうところにも、絶対に自らの誤りを認められない、貴職の見苦しさが現わわれています。

 ついでに言っておけば、大御本尊の仏滅讃文が二千二百二十余年であることは、本宗内では広知の事実であり、何も私が特別に見て知っているわけではありません(笑)。

 

⑧次に、私は、日道上人の「御伝土代」の一節を論ずるのに「原殿御返事」を引いて日興上人の本尊観へと論点をずらしてはいけない、と述べておきましたが、それについて貴職は
「何を言っているのでしょうか? 御伝土代のあの一説は、『日興上人御伝草案』ですよ?それをあなたが、あの一説を、『釈尊像を崇めることを批判されたもの』と言ったのでしょう?
日興上人の書物をもって論証するのは当たり前でしょうに」
などと弁明しています。

 しかし、この「御伝土代」が日興上人御伝の箇所であるにせよ、そこで述べられているのは、観心本尊抄の文意などを挙げられて、日道上人の立場から本尊観を示されたものです。
 その日道上人の述べられた文意について(といっても、文意を正しく理解できていないのですが)、貴職が疑難を投げかけてきたのですから、私は、あくまでも議論の土俵は、日道上人の文意についてでなくては、議論が拡散して収拾がつかなくなる、と言っているのです。
 こんな簡単な道理がわかりませんか? 本当にわからないのだとしたら、貴職はすでに頭破七分して意根が破壊されており、まともな議論などできなくなっている、としか言いようがありません。

 

⑨最後に重ねて言いますが、まずは、最初のメールで貴職が提示した二つの疑難について決着させましょう。それが決着しないうちに、さらに論点を拡大させたり逸らせるような疑難をいくら出してきても、それには乗りませんよ。

 最初の二つについて決着させてから、当然、次は当方からの質問にお答えいただき、さらに貴職から出ている追加の疑難に私が答える、という進め方でなくては、公平な法論とは呼べないでしょう。それは誰が聞いてもわかりますよね。

 いずれにしても、これから法論を進めていく過程で、貴職が途中で持ち出してこられた日興上人の本尊観、「七箇之相承」中の讚文の事、熱原法難に関連する諸々、全て答えてあげますから、「逃げた」などと、とんでもない勘違いはしないことです。
よろしいですか。

以上、始めた法論はとことん行ないますので、急がなくても結構ですから、誠意ある返答をしてください。

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