法華講員 VS 日蓮宗住職<序章>

メール8・法華講員からの破折
(平成29年9月28日 送信)

 
  貴職の返信を拝見しました。
 日本語能力の欠如に加えて、不正直で、支離滅裂な文面を見て、呆れて開いた口が塞がらない思いです。
 一言だけ申し上げれば、これは法論などと呼べるレベルではなく「呆論」です。
 それならそれに応じた対応をさせていただきますので、了承ください。以下、貴職の言を引いて、その後にコメントしていきます(✲の後に貴職の言を挙げ、その後の→以下に私のコメントを述べます)。

 

✲なかなかご都合の悪いところにはお答えを頂けないようですので、ちょっとここまでのやりとりで、決定されたことを一つ確認させてください。
質問一・・・戒壇本尊が宗祖筆である確たる証拠は持ちあわせていないということは自覚されているのですよね?証拠は無いけど、戒壇本尊に纏わる大石寺のアナウンスを信じておられるということでよろしいですね?

 →誰がこんなことを言いましたか?勝手な思い込みは止めてください。
まだ論争は始まったばかりですよ。

 

✲①②③日有だろうが日因だろうが、血脈相承者であるにもかかわらす、誰が言った書いたを拘る意味が分かりませんが、では、日有=日因=他歴代大石寺住職が言えなくなるのではないのですか?

 →本当に「意味がわかりません」か?貴職が、日有上人による初出からして建立日付がおかしい、と言うから、それは日因上人の文であり、その前代の日寛上人は「十月十二日」と書かれていて、初出からして違っているとの貴職の疑難は当たらない、と教えてあげたのではないですか。
自分が投げかけた疑難を忘れたわけですね。貴職は都合の悪い場面ではしばしば健忘症になるようです。

 

✲大石寺が売りに出された時代の方ですからね。曖昧になるのもうなずけます。戒壇本尊がありながら大石寺を売りに出されてしまうというのも、「それはどうしてだろう」と冷静に探究されるのが道理というものだと思いますが、それができない。ただただ大石寺のアナウンスを鵜呑みにしてしまう。
本当に残念なことですね。
日有さんとすれば二十貫で買い戻して頑張ったのでしょう。大石寺の存続の為に右往左往なさったのでしょうね。

 →こういう、新たな疑難(というか悪口)を次々と出すのを止めろ、と言っているのです。
だから貴職は真面目な学究者ではない、都合の悪いときには、新たな悪口を出して議論をウヤムヤにしてしまう、と指摘しているのです。わかりませんか?

 

✲あたなの文意であると、日有に至っては、「戒壇本尊についてはまったく触れていない」ということを認めていることになりますが、それでいいのですね?

 →こんな議論はそもそもしていません。どこが私の「文意であると」ですか。中学校の国語から勉強し直してください。

 

✲ですから何度も聞いている通り、
質問二・・・戒壇本尊の初出は、誰のなんという書物ですか?なぜ答えないのか理解できません。関連項目ですよ。

 →だから、これは順に答えてあげる、と言っているでしょう。まずは、貴職が最初に出した二つの疑難からですよ。

 

✲せめて日有くらいの時代にでも初出があればまだいくつかの疑念には対応できそうなものですが、 もしも初出が日寛なら、宗祖滅後およそ五百年、日因ならさらに後。五百年ですよ?五百年。 日有ならおそよ宗祖滅二百年でしたがね。

 →もはや、独り言のレベルですね。これはツィッターではないのですよ。貴職は他人ときちんと対論ができない人なのですね。自分の世界の中で、勝手につぶやいていなさい。

 

✲だから私は
「この書も三十一世になって突然出てきたので、文献学では日有の書かも疑義がだされてきたものですが、大石寺では、これが初出とするわけですね?」と聞きましたでしょ?
それをあなたが違うという。

 →「文献学」が聞いて呆れます。二つの異なる書を混同して決めつけてくる貴職の誤りを教えてあげたのに、それも素直に認めずに自説を繰り返す、こんな態度の御仁が全国の青少年を育成できるのですか?貴職に育成される青少年が哀れです。
なおまた、日因上人の書が戒壇大御本尊の初出だなどということは、もとより大石寺では言っていないので、そう申し上げているまでです。

 

✲であるならば、
質問二・・・戒壇本尊の初出は、誰のなんという書物ですか?
なぜ答えないのでしょうか?逃げずに答えましょう。

 →だから、貴職の最初の二つの疑難を片付けてから、当方の質問に答えていただき、それから答えてあげる、と言っているでしょうが。日本語が理解できないだけでなく、目も見えませんか?

 

✲次に、「高橋智遍」『創価学会が真実ならば私は日蓮聖人の信仰をやめる』という書を読んだことはありますか?
その十一頁
【二】日蓮聖人滅後二〇〇年ごろ、はじめて出てきた「板マンダラ」
という項で、日浄の『日有、開山の本懐に背き、未聞未見の板本尊これを彫刻す』という一説を挙げて、日有が突然言い出したと説明しています。
これに対して、「日蓮正宗創価学会批判を破す」の中で、ご丁寧に高橋氏の項目をつくってなんと反論したか。
日浄の批判に終始し、何も触れずですよ。あなたと同じように「戒壇本尊初出」についても触れない。

 →だから何なんですか?貴職も本化妙宗の高橋智遍と同じ考えだ、と言いたいのですか?それとも高橋に対する創価学会の反論に、大御本尊の初出が書いてない、と言いたいのですか?
 いずれにしても、こうやって他宗の本まで無批判に持ち出し、論点の拡大を図る貴職の態度は、真面目に法論をしようという者のそれではありません。だから呆論だというのです。 こんな態度は、日蓮宗においても支持されないと思いますよ。

 

✲さらに、日因は「日法伝」として「家中抄」を引用して、戒壇本尊の詳細を言うのではないのですか?
 さらに御書を挙げて「一躰ならず三躰まで作る」と言ったかと思えば、
「此御書は世間希なる間今具に之を書くなり、然に此の中に一体に非ず三尊まで造ると者当山の最初仏重須正御影なり、一躰は岡宮に之有りと云へり、又七面の明神者本来之有るか、七面の池之有り此池水に浮ひ出たる楠木なり、此板御本尊倶に三尊と遊されたるか、亦板御本尊の事をは略し遊されたるか測り難き者なり。」と。
『此板御本尊倶に三尊と遊されたるか、亦板御本尊の事をは略し遊されたるか測り難き者なり。』だそうですよ。

 →「おいおい💦」と、思わず口に出てしまいました。貴職が引いた、富士宗学要集の「有師物語聴聞抄佳跡上」のページの上に、何と書いてありますか?
これを編纂された五十九世日亨上人が、わざわざ「此書全く偽書なり。因師少縁を以て引用するとも信用すること勿れ」と注記されているではありませんか。
 すなわち日因上人が、あまり知られていない珍しい御書であるから、と紹介されたけれども(つまり日因上人の時代には真偽を判ずることができなかった書であるけれども)、これは完全な偽書であることが判明したから、信用して用いてはならない、と念を押されているのです。
 また、真偽未決の時とはいえ、偽書であったからこそ日因上人も、その内容について「測り難き者なり」すなわち「理解できない」と疑問を呈されていたのでしょう。しごく当然のことであります。
 しかるに貴職は、「全く偽書なり」との注記があるのに、それに頬かむりを決め込み、なんと日因上人が御書を挙げて所論を述べたとして、この偽書と、偽書についての日因上人お言葉を利用し、妄説を突き付けてきました。
 要するに、私を引っ掛けようとしたわけですね。
貴職は、最低のペテン師です。小野寺日了と変わるところがありません。

 

✲で、宗祖滅五百年の日因が、「戒壇本尊のことは略されたのかどうか分からない」と。そりゃそうですよね、宗祖滅五百年の人が分かるわけありません。

 →自分の出鱈目な文献引用に基づいて、何を勝手な解釈を述べているんだか。前提が嘘だから、全てが崩壊している、と断じます。

 

✲もしも日蓮宗の僧侶で、宗祖滅後五百年の人が、あなた方と同じように「日蓮宗にだけ伝わるこの曼荼羅が正当な曼荼羅だ!」などと主張したら、あなたはなんと言うのでしょうか?
少なくとも、そんな固有の曼荼羅を取り上げて、これこそ宗祖出世の本懐で、その他の曼荼羅は枝葉のようなものだなどという主張をするのは、 大石寺と保田の万年救護本尊と、小野寺さんくらいでしょうか。

 →宗祖滅後五百年に初めて出てきた、などというのが、そもそも貴職の勝手な思い込みです。当方は、そんなことは一言も言っておりません。
勝手な思い込みから、悪口を並べていますが、ペテン師の小野寺某と変わらないのは、偽書を御書だと謀る貴職の方です。

 

✲鬼の首を取ったようにあれは「あれは日因著作」だと言いますが、それこそ日有の時代には戒壇本尊がなかった証拠でしょうに。

 →べつに、鬼の首を取ったようになど言っていませんよ。貴職が、二書あることを知らずに混乱した批判を繰り返しているので、教えてあげただけのことです。
では、その自らの初歩的な間違いについては認めたのですね?
自分が間違っていたら、素直に間違いを認めなさいと、貴職は青少年に指導していませんか?子供達に指導する前に、自分が実行したらいかがですか。
 しかも、「それこそ日有の時代には戒壇本尊がなかった証拠でしょうに」などと述べていますが、貴職には論理性が全く欠如しています。どうして「証拠」になるというのか、貴職の頭の中で勝手に思い込んだ論理(?)は全く世の中には通用しません。

 

✲あなたは日寛が言ったので間違いないと言いたいでしょうけれど、日因は日寛の後、たったの十四年後の相承者ですよ。
それがこのあり様です。こんな適当な相承を信じることが、はたして宗祖の本意であるのかどうか、冷静にお調べになられてはいかがでしょうか。

 →前半部分は、何を言いたいのか意味不明です。
 後半については、日因上人が私的に書き留められて公刊されなかった「物語聴聞抄佳跡上」の中に、たまたま日付の誤記があったからといって、「このあり様」だとか「こんな適当な相承」云々などと言って揶揄するわけですね。
  まるで自分を凡夫にあらざる完全無欠の人、と思い込んでいる者の言葉であり、その心根の醜さに反吐が出そうです。
 文献を取り違え、それを正式な法論中で強弁し続け、さんざん支離滅裂な主張を繰り返し、あげく素知らぬ顔で偽書まで利用しようとした御仁が、偉そうなことを言うのはお止めなさい。

 

✲日付まで宗祖の命日と間違える始末。
なぜこれを問題にしないのですか?冷静に探究されてみてはいかがでしょうか。
こんな矛盾だらけの本尊やら血脈やらを信じて、結果人を騙している可能性すらありますよ、このままでは。

 →人を騙そうとしたのは貴職の方でしょう。何を惚けたことを言っているんですか。
いわんや、単純な日付の誤記を取り上げ、それこそ鬼の首でも取ったかのごとく「矛盾だらけの本尊や血脈」などと声高に罵っていますが、本当の「矛盾だらけの本尊」というのは貴職の寺における本尊雑乱のことでしょう。それは、これから明らかにして差し上げますから、今は触れないでおきます。

 

✲よくもこんな曖昧な相承を尊びて、無責任にも人を勧誘できるなと、事実を知らず入信する人達が哀れで仕方ありません。

 →これも、単純な誤記を取り上げて、「よくもこんな曖昧な相承」などと並べ立てた悪口ですが、こんなことまで言って、自分で恥ずかしくなりませんか?
 読み返してみても、言葉だけは本当に大仰でご立派ですね、何の中身もありませんが。

 

✲全て関連質問ですよ。
なぜ答えないのでしょうか。初出の書は、大石寺の正式な見解ではなんという書物なのかを聞いているだけですよ。

 →答えないのではない、一つずつやりましょう、と言っているのです。 日本語のわからない人ですね。
 貴職の「で、その最古の書の執筆者の時代まで、宗祖はおろか日興上人も日目、日道もだれも戒壇本尊にふれていないのは何故ですか?なんとも思いませんか? 」 との問いにも、順を追って回答してあげますから、慌てずお待ちなさい、と言っているでしょうが。
 それとも、関連する質問と称して次々と疑難を投げかけ、それに答え続けさせていないと、都合が悪いのですか?
 こちらに、質問の機会を与えては困るのですか? それが、貴職の法論(呆論)のテクニックなのですね。もうミエミエですよ。

 

✲これも関連質問ですよ。
九世が初めて世に言い出したという疑念にはそれを否定せずここまできておいて、では誰なんですか?
それは宗祖滅何年ですか?と聞いているだけですよ。
⑤都合の悪いことは答えないのですね、やはり。

 →ほらほら、同じ趣旨の繰り返しでしょう?
順を追って答えてあげますよ。関連質問とやらを何度も繰り返さずとも。

 

✲「対比」などと言ってますが、『二千二百三十余年云々と書いてある本尊に背くな』と書かれている以上、 二十余年とある戒壇本尊は、御伝土代から言えばまったく該当しない矛盾を言っているのですよ。
こんな分かりやすい指摘を意味不明とは、それこそ意味不明です。

 →そういう意味なのでしたら、すでに回答済みです。以下に再掲しておきますから、よくお読みなさい(これに対する貴職の反論は、自説の強弁だけで、全く反論の体をなしていません)。

貴職の引かれた第四世日道上人の「御伝土代」に
「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く」
とある文は、もとより「二千二百二十余年」と「二千二百三十余年」の御本尊を対比して「二千二百三十余年」の御本尊を簡ぶ、という文意ではありません。
貴職も御承知のとおり、宗祖大聖人御図顕の曼荼羅御本尊の仏滅讚文には「二千二百二十余年」と「二千二百三十余年」の両様がありますが、そのうちの「二千二百三十余年」の御本尊を取って「二千二百二十余年」の御本尊を捨てる(本尊として崇めない)、などという義が、本宗には片鱗すらないことからも、明らかです。
 
  この「御伝土代」の文は、(略)「釈尊像を本尊として崇め、正像二千年間に未曾有(すなわち末法に初めて出現)の曼荼羅御本尊に背けば、無間地獄に堕ちる」との趣旨で、釈尊像を崇めることを批判されたものに他なりません。
 つまり、ここで「二千二百三十余年に未曾有」と言われた文意は、あくまでも「正像二千年間に未曾有(末法に初めて出現)の曼荼羅御本尊」という意味であって、それ以外の意味は全くありません。

 

✲日順「本門心底抄」
日尊「日尊実録」
日眼「五人所破抄見聞」
これらの「三十余年」は、以前挙げた「本尊七箇相承」とは合致し、戒壇本尊とは合致しない。
これが矛盾でなくてなんなのですか?
また違う書だ!と言って逃げますか?全て御伝土代と同様の「三十余年と書いてる!」という書ですよ。

 →それらの書に述べられる仏滅讃文も、全て「御伝土代」における文意と同じく「正像二千年間に未曾有の大曼荼羅」の意です。他意はありません。
 もし、戒壇大御本尊のことを述べられるのなら、「全ての宗祖御図顕の曼荼羅のうちでも弘安二年の大曼荼羅は···」と述べられますよ。
 また、宗祖大聖人御図顕の曼荼羅御本尊の仏滅讚文には、「二千二百二十余年」と「二千二百三十余年」の他に「正像未弘之大曼荼羅」と示されたものもあり、まさに仏滅讚文の意味するところを示しています。日道上人の「御伝土代」における「仏滅後二千二百三十余年」もその趣旨を示されているに他なりません。

 

✲この中でも日尊「銘に云く」日眼の「三十余年とある文永十一年のころよりの御筆の曼陀羅、猶以て肝心也」。
こんな明確な言がありながら、「対比」ですか?「釈尊像を崇めるな」ということですか?

 →私は「対比」ではない、と言っているのです。それが逆に読めるというのは、日本語がわかりませんか?

 

✲これらの僧侶は、「そう書いてる現物について」言っているのでしょう?
日本語だとそう読む以外に解釈できませんが。

 →それは貴職が恣意的に読むからですよ。諸師は、正像に未曾有の大曼荼羅を信ずる、と言われているのであり、特に数多の曼荼羅中のこの曼荼羅を信ずる(他の曼荼羅は信じない)等と言われているのではありません。

 

✲最後はまた日寛の「二十余年」を出しますか?

 →何のことですか? 私が日寛上人の文から挙げたのは「十月十二日」の建立日付ですよ。いよいよ錯乱してきましたか?

 

✲なぜ、上代の弟子よりも、宗祖滅五百年の歴代が優先されるのですかね。
全て日本語ですよ。
上記の書にも、当然御伝土代とも、戒壇本尊とは無関係であると明確だと言っているのですよ。

 →誰も貴職の挙げた文が、戒壇大御本尊のことを述べている文だ、などと言っていませんよ。それなのに「無関係であると明確だと言っている」と、力んでどうするのですか?
本当に頭は大丈夫でしょうか?

 

✲何が意味不明なのでしょう?
三十余年と戒壇本尊の矛盾に関する関連書物です。
逃げずに向き合ってください。

 →貴職の言には意味不明の箇所が多すぎる!それは、後日この双方のやり取りを読む人の、誰もが気付くことでしょう。
 また、すでに説明したことですが、仏滅讃文が「二千二百二十余年」であれ「三十余年」であれ、曼荼羅御本尊はいずれも宗祖大聖人の御魂ですから、その違いによる取捨はなく、戒壇大御本尊とも何の矛盾もありません。
 したがって、誰も逃げたりしていませんよ。

 

✲⑥捏造に捏造を重ねてきた日蓮正宗の義など証明になるわけないでしょうに。
>その全ての御本尊の中心・本体にあたるのが、広宣流布の暁に本門戒壇に安置される弘安二年の大御本尊である、
質問 三 ・・・その根拠を挙げてください。宗祖筆の証拠もない。疑念だらけ。
よくもまあこんなでたらめを言えますね。是非根拠を示されてください。

 
 →貴職は、宗祖大聖人の御金言もまともに拝さず、ただ日蓮正宗への怨嫉の謗言を並べる大莫迦者です。
 「三大秘法抄」における本門戒壇に関する御教示と、大御本尊の示し書に認められた「本門戒壇」の文字、それをよくよくお考えなさい。それでも、わからなければ、それは貴職の能力不足である、としか言いようがありません。

 

✲質問四・・・弘安二年十月著作の宗祖曼荼羅だけでも三遍現存。なぜ弘安二年の曼荼羅なのか?そして、それが戒壇本尊だと言えるのかの根拠を示してください。

 →自分の文章をよく読み直してください。日本語として意味不明ですよ。
あえて貴職の意味不明の文章を、親切に読解してあげることはいたしません。

 

✲ちなみに、弘安二年以降の宗祖筆曼荼羅はおよそ六十遍。宗祖は、出世の本懐ほどの曼荼羅を図じした後、信仰の対象とできない枝葉の曼荼羅を六十遍も書かれたのですか?
これを信じてしまうことに、疑念を抱かないですか?

 →だから、戒壇大御本尊以外の曼荼羅御本尊は信仰の対象にできない、などと、誰も言っていないではないですか。人の主張はよく読め、と言っておきます。

 

✲>したがって、宗祖の顕わされた仏滅讃文が「二十余年」の御本尊も「三十余年」の御本尊も、いずれも宗祖大聖人の御魂ですが、総体の本門戒壇大御本尊から離れた曼荼羅は、信仰の対象とはできない、というのが本宗の教義信条であります。
質問五 ・・・ご自分で書かれていて、なんの疑念も抱かないのでしょうか?上記の根拠を挙げてください。日蓮正宗の教義信条などなんの答えにも根拠にもなりません。

 →この愚問についても、先程の、全ての御本尊の中心・本体に当たるのが戒壇大御本尊、というところで示した回答で充分です。

 

✲>これだけ説明すれば、貴職の批判が全くの的外れであったことがわかりますよね。

長文を挙げられたのはいいですが、なんですかこの根拠なき希望的解釈は。

 →先程は、あえて根拠を教えてあげましたが、本当は、根拠を示す必要すらないのです。 何故ならば、これは、貴職が、日蓮正宗の信条について

あなたの文意では、別に「本門戒壇の大御本尊」でなくてもいいということになりますよ?歴史上、日蓮宗などが所持している宗祖曼荼羅さえ否定してきたのではないのですか?
いずれの仏滅讚文が示された御本尊も、皆、宗祖大聖人の御魂であると拝している、ということは、戒壇本尊以外の宗祖本尊(筆跡鑑定された百二十数遍)も、「信仰の対象として認める」ということでよろしいですね?

と問うてきたので、当方の信条を説明してあげたのです。したがって、この回答に根拠まで示す必要はない(そこまで求められてはいない)わけです。違いますか?

 

✲⑦>大御本尊の下部には別な示し書がありますので、その上の花押の、更に上を「下部」とは言いませんよ。
質問六・・・では、あの位置を何部というのですか?

 →ほら、こうやって、すぐ別な方向へと脱線する。後の方でも、繰り返し日達上人を謗りながら、論点を逸らそうとしていますよね。
 そもそもは貴職が、日達上人の文意を読み間違え、日達上人が「二千二百二十余年」を否定している、などと騒いだが故に、私がそれを破折したんじゃありませんか。それが議論の主旨でしょう?
 そこでの私の言葉尻を捉えて、では讚文の認められている位置を何部と呼ぶか、なんて方向へ脱線させて誤魔化すような真似は止めなさい!恥ずかしいかぎりだ、まったく。
自分の明らかな間違い(日達上人が二千二百二十余年を否定したという主張)は、間違いであったと認めなさいよ。後から読む人達が呆れますよ(すでに私は呆れ返っていますが)。

 

✲「右為現當二世 造立如件・・・・」という、字体も宗祖のものでもなく、金箔もなぜかそこだけ無いというところですよね?それ故に、写真でも見ることが困難な箇所ですよね? 「御首題御勧請皆金薄入りなり」ですので、勧請ではないから金箔はほどこされていないという言い訳を、もう散々聞いてきましたが・・・。

 →金箔が施されていない!? 何か夢でも見ているのではありませんか?そんなことはない、とだけ言っておきましょう。

 

✲ 「右」と言いながら、なぜ花押の下にあるのか、不思議に思いませんか?

 →これも日本語力が無いための珍説ですね。御本尊を認められて、その最後に(すなわち下部に)、これは現当二世のために造立・・・という意味で「右 現当二世の為に造立件の如し」と記されたわけです。普通の表現ではないですか。
 不思議といえば、貴職の頭の構造こそが不思議であります。

 

✲>何も私が特別に見て知っているわけではありません ( 笑 ) 。

見えないものを信じて大石寺のアナウンスを鵜呑みにして、それを信じてしまっていることはよく分かりました。人を誘うにはあまりに無責任ですね。
実物を見たこともない顕正会員となんら変わりませんよ。
いちいち「(笑)」など使わないほうがよろしいかと思いますよ。子供のケンカではないのですから。

 →やはり日本語がわからないのですね。
私が何も特別な距離で拝して知っているわけではない、と言ったことに対しての反論(?)がこれですか?
 ああ言えばこう言う、単なる反発のための反発を口先で言っているだけで、これではオウムの広報部長(当時)と変わりがありません。
 また、私を特別な位置まで行ける立場だなどと、ふざけたことを書いてこられたから、笑ったのです。法義のことでは一度も笑っていませんよ。
 笑われて腹か立ったなら、ああいう、人を持ち上げるかのようにして下げる、ふざけた文は書かないことです。

 

✲上代は皆「三十余年」、後世は「二十余」。そんな矛盾が理解できませんかね。

 →もはや何を言っているのか、意味不明です。自分の頭の中でわかっているだけでは、他人と議論などできませんよ。もう少し自分の書いた文章の意味を考えてみたらどうですか?

 

✲⑧>私は、あくまでも議論の土俵は、日道上人の文意についてでなくては、議論が拡散して収拾がつかなくなる、と言っているのです。

溜息が出ますが、日道さんは日興上人からの系譜の人で、それをまとめたものが三師御伝土代ではないのですか?
それを、「三十余年」と戒壇本尊の矛盾について、「釈尊像を崇めるなという意味」だと言ったのはあなたでしょう?
では日興上人に「釈尊像を崇めるな」というお考えがあったのかを調べるのは当たり前でしょうに。
こんな簡単な道理が分かりませんか?

 →全然わかりませんね。日道上人の書かれた文意が何か、を論じている時に、日道上人は日興上人の系譜だといって、日興上人の本尊観へと論点を移す、こういうのを議論の拡大というのです。
 それを何回説明してもわからない、溜息が出ているのはこちらの方です。

 

 以上、貴職の反論の悉くを破しました。もはや、貴職が出してきた当初の二つの疑難についても、自ずと決着は明らかになっていると思います。

 すなわち、戒壇大御本尊の初出の建立日付からして違っている、との貴職の疑難は、何ら大御本尊を疑うに足るものではありませんでした。

 また、日道上人が、仏滅後二千二百三十余年の御本尊に背けば堕地獄、と言われていることは、戒壇本尊より別な曼荼羅への信仰を求めていることになる、との疑難は、全く貴職の意味の取り違えであります。

 以上のとおり決着は明らかだと思いますが、どうですか?
 貴職がこれに異を称えなければ、次は貴職に対する当方からの質問(まさに宗旨の根幹に関わる疑難)を出させてもらおうと思います。
 今回は長くなってしまったので、改めて数日中に送りますので、心してお答えください。以上


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