異流義・正信会を折伏しよう

この論文は、昭和57年当時に執筆されたものです

破門僧に従った壇徒の誤り

せっかく創価学会を脱会しておきながら、破門僧に従い、再び謗法に堕(だ)してしまった檀徒らの誤りを指摘しておく。
  結論から言えば、彼らは、本師―小師―信徒という、師弟子の本末関係を弁えていなかったがために、道を踏み外(はず)してしまったのである。
  言うまでもなく、末法今時における真実の正師(しょうし)とは、御本仏日蓮大聖人であり、大聖人が御入滅になられた後は、第二祖日興上人以来代々の御法主上人が、大聖人の御悟りをそのまま受け継いで大聖人の御代理となられる。それは大聖人が  「代代の聖人悉く日蓮なりと申す意(こころ)なり」(聖典379㌻) と仰せられていることからも明らかであろう。
 したがって、末法の正しい信仰としては、大聖人を御本仏と仰ぎ、その上で、現実に生きておられる正師として、御歴代上人を大聖人と拝し、根本の師(本師)と定めなければならない。
  しかしながら、信徒が日常的に御法主上人に接するということは不可能である故、御法主上人に取り次いでいただく、という意味で、御法主上人の御代理としての小師=手続(てつ)ぎの師が必要になる。
  そこで、御法主上人から薫陶(くんとう)を受けた御僧侶が各寺院に派遣(はけん)されて、信徒は、その御住職を直接の師と仰いで信仰していくのである。

以上の道理から明らかなとおり、一口に師といっても、そこには、本師―小師という、本末関係が厳然(げんぜん)とあるのであり、日常的には寺院御住職を師と仰ぐといえども、その根本に御法主上人を本師と仰ぐべきことを、ゆめゆめ忘れてはならないのである。 しかるに、もし、小師たる住職が、本師たる御法主上人に背反して邪義に堕(だ)してしまい、そのことが本師からはっきりと指摘された場合にはどうすればよいか、といえば、その寺院に所属していた信徒は、迷わず小師を捨てて、本師に付かなければならない。それが、師弟子の本末関係を弁えた、正しい信心の在り方である。
  ところが、正信会問題が起こった時、何万人という信徒(檀徒)が、この本師と小師の本末関係を弁えていなかったために、「手続ぎの師に従わなければ、成仏できないから」といって正信会僧に付き、共に御法主上人に背いていってしまったのである。
  その檀徒の中には、いまだに、〝正義は正信会にあって、いずれ日蓮正宗宗門が頭を下げてきて、正信会が大石寺に戻れる日が来る〟と信じている者も多くいるようだが、三宝を破失して完全な異流義宗団に堕してしまった正信会に、そのような日が訪れることは、日が西より昇ろうとも、絶対にありえない。 また、「成立の歴史」の項でも述べたように、いまや、正信会は、住職によって考え方も教義解釈もバラバラで、方向性が統一されていない。
  加えて、住職らは地位保全の手続きによって、破門された後もそのまま寺院に居座ってきたが、そのほとんどの寺院は大石寺に包括(ほうかつ)される法人である故、住職が死亡すれば、無住となって大石寺に返還(へんかん)されることになる。現実に、これまでも、いくつもの寺院が大石寺に返還されてきたのである。
  こうした状況を見てみれば、正信会は時を追うごとに衰退(すいたい)の一途(いっと)をたどり、いずれ近い将来に消滅してしまうことは、火を見るより明らかであろう。