創価学会の愚劣な離間策を粉砕す

2006年04月21日

現在、妙観講からの破折に耐えかねた創価学会では、奸計をめぐらせ、妙観講の宗内での孤立化(あわよくば妙観講潰し)を狙って、怪文書を使った愚劣な策略を仕掛けております。  

その内容は、〝第68世御法主日如上人猊下が御登座前、法道院主管を務められていた〟ということと、〝昭和52年暮れに、大草講頭ほか200余名が法道院から理境坊へ所属替えとなった〟ということを絡めて、あたかも妙観講が日如上人猊下を誹謗してきたかのごとく偽装し、これを喧伝し続ける、という悪辣なものです。  

本来、日蓮正宗から破門された大謗法団体が、宗内の寺院と信徒の関係に口を挟んで云々すること自体、まったくの筋違いというものであり、反論の必要すら認められません。しかし、妙観講員とぶつかる学会員が、この疑難を持ち出しては、昔の事情に疎い講員を煙に巻こうとしていること、また、信仰の浅い短慮な講員が誑される恐れなしと言えないこと――等により、ここにあえて学会の愚劣な策略を破すことにいたします。

①まず、大草講頭ほか200余名が理境坊へ移籍となった経緯および、それに対する非難への答えとして発刊された小冊子『離籍の真相』、同じく『暁鐘』(昭和53年9月号・10月号)掲載の誌上座談会「広布の波涛」については、その全てが、時の御法主・第66世日達上人の御采配と御照覧のもとに運ばれたものである、ということです。  

そのことは、当時すでに内事部に勤められていた理境坊住職・小川只道尊師が、『離籍の真相』の序に、  「この移籍の件は、すでに御法主上人猊下の知られるところとなり、法道院主管と私との話し合いで、双方が了解しているのである。したがって、宗制宗規に照らしてみても、何ら悖ることのない処置である。(中略)大草氏等の行動は、大御本尊を信じ奉り、御書を根幹として、御法主上人猊下へ随順せんとする赤誠の信仰心に貫かれた上でのことである」 と述べられていることや、この小冊子の作成・発送等に拘わる費用の一部を、法華講連合会の会計で負担していることからも明らかです。  

しかして、この問題は昭和53年中に全て解決をみて、法華講法道院支部も、大草講頭等200余名でスタートした理境坊東京支部(仮称)も、共に日達上人の御もと、日蓮正宗法華講の一員として歩むところとなりました。  

その後、折伏によって陣容拡大した仮称・理境坊東京支部は、昭和55年8月、第67世日顕上人より正式な講中結成の御認可を賜わって「妙観講」を結成、以後、折伏弘教を重ねて、今日2万数千の講員を擁するに至りました。  

こうした経緯から明らかなとおり、大草講頭ほか200余名の移籍の件は、今から30年近くも前に、日達上人の御采配によって解決済みの話であり、その後、日顕上人の御代になってから結成され、拡大してきた今日の妙観講には、関係のない出来事であるといえましょう。 したがって、この事を取り上げ、今日、執拗に「妙観講が法道院を誹謗!」などと喧伝し続ける学会怪文書は、子供騙しのスリカエで人々を騙そうとしているのです。  

そもそも、大謗法を犯して日蓮正宗より放逐された極悪団体が、とうの昔に宗内で解決済みの事柄に、今更「ああだ、こうだ」と口を挟むこと自体、筋違いであり余計なお世話であります。  

それは、あたかも、凶悪な殺人鬼が、仲良くやっている兄弟に向かって、「お前達は30年前に口ゲンカしたことがあるだろう! 兄弟ゲンカは悪い事やで! 原因は何か、言ってみい! 兄弟ゲンカなどという非道の行ないはワシが許さん!」などと、大声で喚き散らしているようなもので、まったく馬鹿丸出し、という他ありません。

私共妙観講としては、こうした、極悪人の筋違いな口上に乗せられることなく、「それは30年も前に日達上人の御采配で解決済み。しかも、それは宗内の事なのだから、破門された大謗法のお前達が心配する筋合いではない。そんな余計な心配より、自らの後生の堕獄を真剣に心配しろ」と言いきっていくのみです。

②学会怪文書『フェイク』は、この移籍に関連する事柄として、「『法道院は日蓮正宗ではない』と『暁鐘』(昭和53年10月号)に書いてあった」(A)  「早瀬日慈(尊能化)の批判記事を『妙観』(平成4年3月15日号)に転載して法道院の恥部を宣伝した」(B)  「小川只道(尊師)が『法道院関係者は大謗法』『早瀬日慈(尊能化)らは大謗法』と罵倒した」(C) 「『〝早瀬一族から次の猊下が出るのは当然のことだ〟など、とても信じられぬ』と大草(講頭)が断定した」(D) 等と書き殴っています。  

しかしながら、呆れたことに、これらの全てが、切り文とスリカエによって原文の意をネジ曲げたものであります。そのため、この『フェイク』を真に受けた愚かな学会幹部が、妙観講々員に「この内容が事実そのとおりでなければ脱会する」と大見栄を切って誓約書を書き、結局、事実でなかったために遁走してしまう、という事態まで発生しています。  

以下、『フェイク』の書き殴った疑難の一々について、その誑惑を指摘しておきましょう。

まず、(A)については、『暁鐘』の誌上座談会で、「現代の広宣流布の姿ではないとの理由で、邪宗を折伏しに行かないように、という指導があった」との発言に対し、別な講員が「(邪宗を折伏してはいけない、というのは)日蓮正宗の信心じゃないですよ」と述べた、というものであり、法道院を日蓮正宗の寺院ではない、と述べたものなどではありません。 『フェイク』は切り文により、『暁鐘』が法道院を日蓮正宗の寺院ではない(つまり他宗の寺院である)として全面否定した、との話をデッチ上げているのです。  

次に、(B)については、平成4年当時、『創価新報』および学会の御用新聞『中外日報』が、激しく宗門誹謗・僧侶誹謗を繰り返す中で、当時の法道院主管・早瀬日慈尊能化に対しても、悪質なデマ宣伝を加えてくる、という状況がありました。 日蓮正宗御宗門を厳護せん、との想いに燃える妙観講では、他の御僧侶方についての場合と同様、早瀬日慈尊能化に対する謂われなきデマ中傷についても、『妙観』(平成4年3月15日号)紙上で徹底的に打ち砕いたのです。  

その見出しを挙げておけば、 「捏造だらけの正宗誹謗(7) 東京・法道院編」  「またも邪推に基づく俗悪記事! いまや嘘、誇張、低俗は『中外―』『―新報』の代名詞」  「ありもしない法道院誹謗はやめよ!」 というもので、これを見ただけでも、『妙観』の破折ぶりが明らかでしょう(何なら、その記事全文を縮刷版で確認してみれば、いっそうハッキリするはずです)。  

この記事は、まず『中外日報』『創価新報』による早瀬日慈尊能化への誹謗を簡単に取り上げ、それについて、 「何ともはや、呆れたものだ。 まず、早瀬尊能化は、85歳という御高齢であり、よく参詣していた信徒なら誰でも知っているように、もう何年も前から歩行に困難をきたされ、しばしば複数の御僧侶方が手を貸されて、ようやく御出仕になっておられた。 その尊能化が、どのようにすれば、『中外―』『―新報』記事のごとき『乱行』をなしうるというのか。いかなる手品や、医学の助けを借りたとしても、まったく不可能な話である。

念のため、古くからの法道院所属の講員達にも、何人も当たってみたが、やはり皆、誹謗されるような事実は一度として見たことも聞いたこともなく、むしろ『それほど御主管がお若く、お元気であってくれたら、本当に嬉しいのに』といって一笑に付す人や、怒りに震える人ばかりであった。

要するに、早瀬尊能化に対する『中外―』『―新報』の誹謗記事は、無責任な邪推による特定少数の悪口を、実際に見てきてもいない記者がもっともらしく書き立てたもので、まったくの嘘だった、ということである。
あまりの馬鹿らしさに、早瀬尊能化はこれを捨て置かれているが、『中外―』にせよ『―新報』にせよ、少しは自らの程度の低さと悪らつさを恥じたらどうか。(※まだまだ破折は続くが、長文につき後略)」 等と破折を加えたものでした。  

しかるに『フェイク』は、この部分を「何ともはや、呆れたものだ」までで切って、その後に続く破折の箇処を丸ごとカットしてしまい、あたかも『妙観』が『中外日報』や『創価新報』の早瀬日慈尊能化に対する誹謗記事を紹介だけして、悪意の宣伝をしたかのごとく、書き殴ったのです。 そして、「『何ともはや、呆れたものだ』の結びも(※本当は〝結び〟ではなく、後が続いているのだが)、早瀬家の乱れを指しているようだ。早瀬家を庇う素振りを見せながら、実は早瀬家の恥部を宣伝・公表しているのである」とまで言い放ったのでした。

何という悪辣、何という根性の悪さでありましょう。  
こんなデタラメは、『妙観』の原文を検証すれば、すぐに判明することですが、『フェイク』は読者である学会員を舐めきっているが故に、このような騙しを平然と仕掛けてくるのであります。これに乗せられるような者は、よほどの迂闊者といわねばなりません。  

次に、(C)についてですが、これは、『離籍の真相』の序に、小川只道尊師が書かれた、前掲の文の次下に、 「今、彼等(※大草講頭等、移籍した200余名)に対し、邪心をもって悪口・誹謗を浴びせる者は、日蓮正宗の信仰を妨げ、ひいては御法主上人猊下に敵対する大謗法の者、と断ぜざるをえない」 と続く部分を改竄し、 「小川只道(尊師)が『法道院関係者は大謗法』『早瀬日慈(尊能化)らは大謗法』と罵倒した」 などと、まったく別な内容に作り変えてしまったものです。

 一目見れば『フェイク』の文意改竄は明白、その嘘は小中学生にでも判りますから、これ以上の解説は不要でありましょう。池田狂徒というのは、これほどまでに悪逆で馬鹿、度し難い一闡提人である、という典型的な例であります。  

最後の(D)も、まったく同様の、切り文による文意の改竄です。 原文は『離籍の真相』の中にありますが、同書の全文を読めば明らかなとおり、要は、在家の者が勝手に、「次の猊下(※日達上人の次の67世の猊下)には誰それがなるのだ」とか「本当は、誰それこそが66世の猊下になるはずだった御方で、日蓮正宗の中で(※当時の御法主・日達上人も含めて)一番偉いのだ」などという発言をするのは大変な誤りである、と戒めた記述と共に、 「また『早瀬一族から次の猊下(※67世の猊下)が出るのは当然のことだ』など、とても信じられぬ話がA氏よりあった」 として、在家が猊座継承の事に軽々しく口を挟むことを「とても信じられぬ話」と批判したのです。

これは、血脈相承が唯仏与仏の境界において行なわれることからして、日蓮正宗の信仰上では当然の戒めであって、何ら不思議なことではありません。 しかるに、『フェイク』はこれを改竄し、あたかも、日顕上人猊下の御代の時に、大草講頭が「早瀬一族から次の猊下(※68世の猊下)が出るなどということは信じられぬ」と言って、猊座に容喙する発言をしたかのように、話を正反対にひっくり返してしまい、同時に、これが、早瀬日如上人への侮言であったかのごとく見せかけ、喧伝しているのであります。 いかに怪文書とはいえ、悪辣が過ぎるではありませんか。  
同様の偽装は、前の(A)についてもなされています。  

つまり、前述のように「『法道院は日蓮正宗ではない』と『暁鐘』(昭和53年10月号)が書いた」という話をデッチ上げておき、「その日蓮正宗でない法道院から猊下(※68世日如上人猊下)が出たことにつき、妙観講は弁明ができなくなっている」などと言うのです。 むろん、これは前提がデッチ上げですから、まったくお話になりませんが、もう一つ重ねて言っておけば、早瀬日如上人は昭和53年当時、新宿・大願寺の住職を務められていました(法道院主管となられたのは、それよりずっと後の平成5年のことです)。

したがって、早瀬日如上人と大草講頭等の移籍とは、何の関係もないのです。 これを、時間的隔たりを無視して結び付け、あたかも、『暁鐘』が早瀬日如上人を邪宗寺院の住職であると書いていたかのごとく、作り上げてしまうのですから、開いた口が塞がらない、とはこの事です。

 以上のように、怪文書『フェイク』が切り文やスリカエを行なう理由は何か、といえば、御法主日如上人猊下と妙観講を何とか対立させたい、という点にあります。そして、あわよくば、宗門攻撃のために邪魔な妙観講を排除してしまいたい、というのが彼奴等の腹の内なのです。 しかしながら、こんなミエミエの離間策が功を奏することは金輪際ありえない、と知るべきでありましょう。

③学会怪文書『フェイク』は、  「『慧妙』を批判する宗門の僧俗は謗法である、と『暁鐘』が書いた」 などと大騒ぎしました。  

これも、またもや文意の改竄です。すなわち、『暁鐘』(平成18年2月号)に載ったのは、 「ある法華講員が、〝仏子である創価学会と仲直りしなくては広宣流布はできない。それなのに学会を徹底的に責める『慧妙』は広宣流布破壊の謗法の新聞だ〟と書いて送ってきたそうだが、三宝破壊の学会を〝仏子〟だなどと言うのは浅識である。  

また、〝『慧妙』も『創価新報』もどっちもどっちだ〟と言って日顕上人から喩された人がいる。ただ強い口調で責めているから、どっちもどっちだ、などと考え違いをしてはならない。学会は三宝破壊の大謗法であり、日蓮正宗は三宝を護るべく、一歩も引かずに学会を折伏しているのである。 それを上辺だけ見て考え違いし、〝宗門と学会の争いは、トップ同士の喧嘩にすぎない。宗門も学会も、どっちもどっちだ〟などという捉え方をするのは浅識謗法である」(要旨) というものです。  

まったく正論であり、『フェイク』の言うような内容ではありません。もし、これが、文意の改竄ではなく、本当に前述のごとく読めたというなら、『フェイク(=虚報)』などと名乗り、文字どおり正法を惑乱するための虚報を繰り返しているうちに、その深重の罪報が、まさに彼奴等の脳味噌を破壊してしまったのでありましょう。げに恐るべきは謗法であります。  

さて、以上のような①②③といった歪曲の積み重ねの上に、『フェイク』は次のように言います。 「右に列記した妙観講による法道院・早瀬批判、悪行の数々は全て事実である。(略)宗務院は真相究明に乗り出し、批判者の大草らを厳正に処分するべきである。」  彼奴等の狙いが、宗内から妙観講を排除するところにある、というのは、これで明らかでしょう。  

それにしても、大謗法の極悪団体が、日蓮正宗の宗務院に妙観講の排除を懇願するとは、莫迦も極まれり、といったところです。要は、それほどまでに妙観講の存在が邪魔であり、このまま妙観講の折伏が進展していくことに恐れを懐いている、ということなのでありましょう(もし彼奴等が、そうでない、というなら、このような薄汚い策略を巡らしたりせず、涼しい顔で見ていればよいのです)。 ならば、いっそう創価学会に対する折伏に励むのが、正宗信徒としての心意気というものです。  

最後に、この『フェイク』の結びの言葉を、妙観講として正しく言い換えておくことにしましょう。  「右に論証したとおり、学会による宗門・妙観講の離間策、悪辣な歪曲・捏造の数々は、もはや誰の目にも明らかである。全講員はこの真相をよく胸に入れ、謗法者である創価学会員をこれまで以上に徹底的に折伏するべきである。」 以上。