唱題と折伏の功徳でついに不妊を克服

第35回総会より
I さん

私は、平成2年の12月、美大の予備校で先輩だった、現在の主人であるI 班長から折伏されて入信しました。その後に私たちは結婚したのですが、夫婦で仏道修行に励んでくるなかでいただいた功徳の体験をお話させていただきます。

 結婚当時、主人は芸術家を目指して作品を作る毎日で、ほとんど収入が得られず、次第に借金も増えて、経済苦や様々な問題から離婚寸前となることがたびたびでしたが、そのつど講頭や先輩方にご指導をいただき、そのおかげで、一つひとつの問題を信心で乗り越えることができました。
  しかし、私達夫婦には、子供ができないという大きな問題があり、それが私の最大の悩みになっていました。病院で検査をしても、夫婦ともに原因は見つからず、やみくもに不妊治療を続けましたが、何の兆候もないまま、すでに40歳を超える年齢になってしまっていたのです。
  私の周囲には同じ悩みを持った友人も多く、その人たちを折伏しても、「悩みを乗り越えられるというなら、なぜ、いまだに子供ができないのか」と突かれて、こちらの話に耳を傾けてもらえず、いっそう悩みが深まる日々でした。
 これが最後の望み、と思って臨んだ治療も失敗に終わった時は、御本尊様から「もう、あきらめさない」と言われた気がして、心底、落胆してしまいました。

ところが、その負い目で苦しんでいる中の平成23年7月、月例御講の後の布教講演で、報恩坊御住職・秦道夫御尊師のお話を伺い、目の覚める思いがしたのです。それは、
  「現在、身体的・精神的・経済的にハンディキャップがあり、本当に苦しい、という方がおられるかもしれません。しかし、そんなことは、少なくとも信心の世界では全くマイナスにならないのです。今の自分に悩み苦しみがあるからこそ、他人の痛みがわかり、だからこそできる折伏があるのです」
というお話でした。
  私は、「そうだ。自分も今は苦しいけれども、必ず信心で乗り越えられるという実証を示して、悩んでいる友人たちを折伏していかなければならないのだ!」と気づかされたのです。
  折しも講中では、猊下様から下された「平成27年までに法華講員を50%増にする」との御命題達成に向けて、「周囲の縁ある人を残らず折伏しよう」という方針のもと、大折伏を展開しておりました。私は、この自分の大きな願いを成就するためにも、「班で年間10名、平成27年までの5年間で50名」という折伏誓願を立てました。
 そうしたある日、大草講頭に個人指導をお願いしました。
 それまでの私は、こうして苦しむのは自分の宿業なのだから、自分が功徳を積んで罪障消滅することで解決していくしかないのだ、と思い込んでいました。ところが講頭は、
 「子供の事は夫婦二人の問題なのだから、二人が積んだ功徳で決まる」
と言われたのです。そして、
 「自分だけでなく、二人で共に功徳を積み、心を砕いて、二人で真剣に祈り抜いていくならば、この願いが叶わないということは考えられない。この願いは必ず成就すると思う」
とおっしゃいました。

 それからは、主人と一緒に折伏や家庭指導に出向くなど、夫婦が揃って功徳を積むことを心がけていきました。すると、以前よりも折伏が進み出しました。
 ちなみに、私の班は、東日本大震災の被災地に百名近くの班員が在住しているため、ここ数年は、被災地エリアを中心に折伏を進めています。
 班員さんの中には、震源地の真上や海岸沿いに住んでいた方もおられるのですが、震災時は全員が守られており、 それも、津波が来て一階部分が浸水したが、同じ一階でも御本尊様を御安置している部屋には水が入らなかった、とか、隣の家は倒壊したのに、自分の家はほとんど被害がなかった、などの功徳の体験で溢れており、そうした体験をもとに、班員の家族や周辺の学会員を再度折伏していったところ、以前は門前払いだった学会員も、素直に話を聞いて帰伏する人が後を絶たず、震災以降の2年間で40名を超える折伏ができました。(拍手)

そのように折伏が進んでくる中、私の不妊治療にも大きな進展がありました。血液検査をしたところ、血中ホルモンの値に極端な数値が出たために、治療方針を大きく変えることが決まったのです。後にして思うと、これは御仏智だったのだと思います。
 そして、第一段階の治療が行なわれました。その結果次第で、次の段階に進めるかどうかが決まるのですが、ここでダメだったら、今度こそ後がなく、これまでの苦労や高額な医療費も全部無駄になります。
 その結果がわかる日の前日は、ちょうど月例御講の登山でしたので、戒壇の大御本尊様に治療の成功を真剣に御祈念いたしました。
 そして翌日、病院へ行ったところ、担当の医師は満面の笑みで迎えてくれ、「素晴らしい結果ですよ」と言いました。治療の成否を評価する数値があって、それが何段階にも分けられているのですが、私の場合は、なんと、ごくごく稀な最高ランクの数値だった、というのです。本当に驚きました。
 私は、「御本尊様は、必ずこの願いを叶えてくださる!猊下様が私の祈りを御本尊様に取り次いでくださったのだ」と心から思いました。この瞬間の感激は、生涯忘れないと思います。
 そして一週間後、とうとう奇跡が起きました。「無事に妊娠している」と告げられたのです。(大拍手)
その時、私は42歳、結婚17年目にして、初めての妊娠でした。
  しかも、妊娠判定をもらった12月20日は、ちょうど21年前に私が御授戒を受けた日でもあり、まさに三度目の七年という節目に、大きな現証が現われたのです。私は、有り難くて涙をこらえるのが大変でした。

  その後、有り難くも御秘符を頂戴し、お腹の子供は順調に育っていきました。
  ところが、妊娠八ヶ月の時のことです。健診で病院へ行くと、「早産になるかもしれない」と言われ、即入院となってしまいました。集中治療室で24時間、管理されていましたが、5分おきにお腹の張りが襲ってきて、医師からは、「このまま本格的な陣痛につながって明日にも出産ということもありうる」と言われてしまいました。
お腹の子はやっと1000グラムを超えたばかりで、今産まれたら未熟児(超低出生体重児)で人工呼吸器になることや、後遺症の可能性もあることなどを説明され、私は、せっかく授かったのに、どうなってしまうのか、と不安でいっぱいになりました。
  そして、病室から先輩を通じて講頭より指導をいただき、それからは一日でも長くお腹に留(とど)まってくれるように、毎日ベッドの上で六時間以上唱題し、小川御住職にも当病平癒の御祈念をしていただきました。
  その結果、「明日産まれてもおかしくない」と言われてから丸二ヶ月間、子供はお腹に留まって、月満ちた八月末日、元気で健康な女の子が生まれたのです。(大拍手)
  助産師から「ミラクル安産でしたね」と言われるほどの安産で、自分でも、「もう産まれたの?」と思うほどでした。
こうして、大きな願いであった子供を授かるという大功徳をいただくことができました。

 一方、それまでにかかった医療費は相当なもので、気づけば大変な額になっていました。
 しかし、この経済的な面でも、御本尊様の御加護としか思えないようなことが起きたのです。
 私の主人は、出版社に勤務しているのですが、自分の企画した本が1冊につき1億円以上売れると、報奨金が支給されます。ところが、ちょうど不妊治療の前後に発売した本が、累計70万部、売上げ8億7千万円という、記録的な大ヒットとなり、その多額の報奨金が支給されることになったのです。
  主人は、4年前の第31回総会で体験発表をさせていただきましたが、入社以来、何度もヒットを飛ばして、そのたびに報奨金をいただいており、今回もまた、我が家にとっては絶妙なタイミングでの大ヒット、ということになったのです。それにしても、出版不況の中、これだけ売れるのは、やはり御本尊様の功徳以外の何ものでもありません。
 
  また、その他にも、将来のことを考えて住宅を購入したいと探していたのですが、折しも、平成23年度の班としての折伏誓願を達成した直後、妙観講本部の近くに、願ったとおりの条件で物件が見つかり、購入することができました。
  そこは人気の物件で、先に何人も申し込みが入っていたにも関わらず、なぜか売主が「I さんに売りたい」と言ってくれ、資金面での不安も、思いがけず両親から援助があり、さらに銀行の審査でも、銀行の支店長が「私が必ず審査を通しますから、任せてください」と擁護してくれるなど、契約から引き渡しまで不思議なくらいスムーズに話が進んだのです。
  思い起こせば、かつては、こうした経済的な事も、子供の事も、自分には縁のない話だと思って、諦めようとしたこともありました。しかし、気がつくと、これまで御祈念してきた願いが何もかも叶っており、今、何の不安もない毎日を送らせていただいております。本当に有り難くてなりません。
  また、結婚17年にして念願の第一子を授かったことは、私たち夫婦はもとより、両親の喜びも大変なものでした。
それまで退転状態だった主人の母は、子供がまだお腹の中にいた昨年の総会に参加することができ、また、未入信だった主人の父も本年一月、新潟の聞正寺様で御授戒を受けることができました。
  今後も、感謝の気持ちを生涯忘れることなく、家族皆で御奉公をしていけるよう、さらに精進してまいりたいと思います。
  ありがとうございました。(大拍手)