C型肝炎が自然消滅!大きく改まった人生

第35回総会より
Kさん

  私は入信して24年になりますが、これまで、健康面において、また自分自身の人生において、本当に有り難い功徳を頂戴しましたので、発表させていただきます。
  私は、若い頃から、ムチャクチャな生き方を繰り返してきました。
中学の時には、学校を怠けて遊んで過ごし、辛うじて入った高校では、サーフィンに夢中になった挙げ句、両親や先生の制止を振り切ってアメリカに渡ってしまいました。
 そして、そこで知り合った仲間達と毎晩のように遊んでいるうちに、麻薬を勧められ、それがどれほど危険なことかも知らず、ヘロインやコカインを注射器で回し打ちするようになっていきました。
さらに、ニューヨークの黒人街で発砲されて右腕を打ち抜かれ、重傷を負って輸血を受ける事態となり、やむなく日本に帰ることになったのです。
 そして、帰国してしばらくした頃、病院で行なった血液検査で、C型肝炎に感染していることがわかりました。
C型肝炎というのは、注射針や輸血の血液を介して肝炎のウィルスに感染して起きる病気で、その多くが肝硬変や肝臓癌に進んで死んでしまう、という恐ろしい病気です。
 ただちに入院して治療することを勧められたのですが、病気を甘く考えていた私は、そんなもの勝手に治るだろうくらいに考えて、病院を脱走してしまいました。

そのような状況にあった平成元年のことです。友人から〝大切な話がある〟と呼び出されて、日蓮正宗の話を聞かされました。私は、もともと大の宗教嫌いで、宗教なんて最低の人間がする事だと思っていたのですが、不思議なことに、この時だけは冷静に話を聞くことができ、納得して入信することができたのです。
 そして、入信した以上、少しは真面目に生きていこうと考えて、朝夕の勤行をし、会合にも参加し始めたのですが、長年にわたって染み付いた自堕落で奔放な生き方に流され、すぐに勤行ができなくなり、会合に出るのも煩わしくなって、信心を怠けるようになっていきました。

当然のことながら、昔からのムチャクチャな生き方も、まったく改めることなく続けていました。
  麻薬ではありませんが、風邪薬のシロップを大量に飲むと、いわゆるトリップという幻覚状態になります。当時の私は、シロップを一度に大量に飲んで、完全なトリップ状態になってはバイクを走らせ、その異常な感覚を楽しんでいました。しかし、信号も何も認識できない精神状態でバイクを走らせたため、当然のことですが、何度も大事故を起こしてしまったのです。
  ある時は、駐車場の自動ゲートに重石として使われていた、重さ20キロの鉄球をバイクの車輪で踏んでしまい、その鉄球が跳ね上がって顔面を直撃。顔の凹凸が無くなってしまうほどの顔面陥没骨折になり、一時はまるでヒラメのような顔になってしまいました。(笑い)
  また、ある時は、信号が赤になったこともわからず、止まっている乗用車の後ろから猛スピードで追突し、乗用車の後ろのガラスを頭で突き破って、運転席まで跳び込んでしまいました。運転していた女性は、「いきなりガラスが割れて、血だるまになった人がスーパーマンのように跳んできたので、本当に怖かった」と言っていたそうです。(笑い)
この時の事故によって、私の顔には縦横斜めに手術の縫い跡が残り、しばらくはフランケンシュタインのような顔になっていました。

さらに無軌道になっていった私は、傷害や器物破損などの犯罪を繰り返して、一度ならず、二度、三度と刑務所に入ることとなりました。
  さすがに、三度めに服役した時には自分でも本当に情けなくなり、「こんな事になったのも、きちんと信心をしなかったからだ」と心から反省しました。そして、刑務所の中で、まわりから「うるさい」「やめろ」と罵られながら、忘れていた勤行を始めたのです。平成12年のことでした。
 その頃、面会に来てくれた妙観講の先輩から、創価学会が日蓮正宗に反逆して破門になったこと、その学会の魔の手から学会員を救っていかなくてはならない、と大草講頭が指導されていることを聞き、私も刑務所の中で学会員を捜して折伏しようと決意しました。
 そんなある日、同じ部屋に入っていた受刑者が学会員であることがわかり、さっそく折伏してみました。最初は、何だかんだと屁理屈を並べていた彼も、最後には学会が大謗法の団体である事を納得し、一緒に朝夕の勤行をするようになりました。
 その後、私より一足先に出所した彼は、自ら妙観講の京都布教所を訪ねて、日蓮正宗に帰伏し、熱心に信心を始めました。その彼が、3年前の第32回総会で、覚醒剤中毒から立派に立ち直ったという体験発表をした、和歌山の中濱班長です。(拍手)

私も、平成13年に出所すると、講中の先輩達のもとで仏道修行に励むようになりました。
  しかし、その頃、異常な倦怠感に襲われ、病院に行ってみましたところ、血糖値が700にまで上がっていて糖尿病であることがわかり、さらに、この時の検査で、かつてアメリカで感染したC型肝炎が発症している、ということが確認されたのです。
  放っておけば命にかかわる状態でしたが、この時の私は、生活上の目先の問題にとらわれて、病気のことを真剣に考えることができず、治療もしないまま糖尿病もC型肝炎も放置してしまいました。
 そんな私のことを、妙観講の先輩達は、いつも心から心配し、親身になってくれました。そして、私を救うためには、私と命のつながっている両親にも信心をさせ、その功徳を廻わすのが近道であるということで、私の両親のもとに足を運んで折伏してくださったのです。私の事でほとほと困り果てていた両親は、先輩方の熱意に打たれて揃って入信し、会合にも参加するようになりました。平成14年のことでした。

そして、まさに両親が積んだ功徳が私にも廻わったのでしょう、その頃から、私もようやく勤行・唱題がキチンとできるようになり、それに伴って、少しずつでしたが素行が改まり、乱暴な言動も減ってきたのです。
  そのような状況にあった昨年七月、私は、今までに経験したことのないほどの怠さに襲われました。それはトイレに行くのも辛いほどで、一時は、ほとんど寝たきりになってしまい、あまりの苦しさに、このまま死んでしまうのでは、と思ったほどです。
  這うようにして辿り着いた病院で受けた血液検査の結果は、思いのほか悪く、すでに肝炎から肝硬変に進んでいることがわかりました。
  私は、ついに来るときが来たと思いました。
  それでも、その一方で、中林支部長はじめ、たくさんの先輩方が、医師も見放すような重い病気を現に克服している事が思い出され、同じように仏道修行をしていけば、こんな自分でも御本尊様から助けていただけるかもしれない、と思えてきたのです。
  私は、御本尊様に向かうと、それまでの弱い信心を心からお詫びして、罪障消滅のために本気で仏道修行に励み、折伏をしていくことを誓いました。それからは、友人や近所の人、道行く人にまで声をかけて折伏していきました。

そして、御本尊様に「どうしても折伏をさせてください」と御祈念していたある日のことです。
家の呼び鈴が鳴りました。
  出てみると、一人の婦人が立っていました。永井さんと名乗ったその婦人は、「天理教の話をしたくて寄せてもらいました。少し聞いていただけないでしょうか?」と言ってきました。
  私は「対象者が来た!」と思い、喜んで家に上がってもらいました。そして、ひととおり話を聞いた上で、どんなに頑張って布教に歩いても天理教では絶対に幸せにはなれない、日蓮正宗でなければ真に悩みを解決することはできない、と話して折伏していきました。すると永井さんも真剣に考えてくれ、二日後に御授戒を受けることができたのです。(大拍手)
  その後、永井さんは、周囲の反対の中、挫けることなく朝夕の勤行に励み、折伏をしていったところ、天理教時代には絶対に叶うことのなかった悩みが解決し、確信を得ることができました。

一方、私の方も、病気と闘う覚悟を固め、医師の勧めに従って入院することにしました。
  そして、入院の日程も決まった時のことです。
 支区座談会に参加したところ、中林支部長から声をかけられ、「今度、本山で妙観講の夏期合宿があるから、K君も参加しませんか」と誘われたのです。
  聞いてみると、合宿の始まる8月10日は入院する当日に当たっていました。その上、日に日に体調が悪化して歩くのも精いっぱい、という状態で、合宿の厳しいスケジュールにはとても耐えられそうにありませんでした。
  そのため、一旦は「絶対に無理だ、やめておこう」と思ったのですが、これから行なう治療のためにも、総本山で功徳を積ませていただいた方がよい、と考え直して、参加を決意し、病院に頼み込んで入院の日を延期してもらいました。
合宿当日は、朝から最悪の体調で、地下鉄の階段では何度も立ち止まって休み、心中に御題目を唱えながら、集合場所に向かいました。
  そして合宿の途中では、岡野参与が体力の続かなくなった私を心配して、「K君、横になりなよ」といって布団を敷いてくださり、私は有り難くて涙が止まりませんでした。
 そんな先輩方に支えられて、二度にわたって丑寅勤行に参詣し、御開扉を受けることができました。小川御住職様の講義、大草講頭の学習会にも参加して、日蓮大聖人様が偉大な御本仏であることを学び、大感激で、体のだるさも忘れてしまうほどでした。
  本当に充実した三日間で、こんな大感動を味わったのは、生まれて初めての事でした。

こうして合宿から帰って数日後、治療方針を決めるために再度、病院で検査を受けましたが、検査の結果が出るまでの一週間は、本当に思い悩みました。
  というのも、現在のところ、C型肝炎を治すためにはインターフェロンによる治療しかないのですが、副作用がひどく、必ず治るという保障もないのです。さらに、その薬は一回2万円もかかり、私の場合、それを一年間続けなくてはならず、大変な出費となってしまいます。かといって、治療をしなければ、肝硬変が進んで命を落としてしまいます。
思い悩んで夜も眠ることができず、眠れないので、ひたすらお題目を唱えました。
  そして昼は、思い当たる人達を片っ端から折伏し、さらに京都にある邪宗の寺院を一軒一軒回って折伏していきました。

こうして一週間後、結果を聞きに病院に行きました。すると、何ということでしょう。〝C型肝炎のウィルスがなくなっている〟というのです。(大拍手)
  あまりの不可解な結果に、もう一度、徹底的に検査してもらうよう、お願いし、血液検査、超音波、CTと、綿密な検査が行なわれました。
  そして再度、京都大学病院で受診したところ、肝臓病の権威である教授から説明がありました。
  先生は開口一番、「Kさん、調べた結果、やはりC型肝炎のウィルスは完全になくなっていました。おまけに血糖値も正常で、糖尿病も治っています」と言われたのです。(大拍手)その一瞬、私は何が起きたのかと混乱してしまいました。
  さらに先生は、「C型肝炎の初期には、稀にこのようなことがあるのですが、Kさんのような三十年に及ぶ保菌者が、治療もしないうちにウィルスがなくなるなんて、私も初めてのケースで、よくわからないんです。Kさんに神様がついていて治してくれたとしか考えられません」(笑い)と言葉を続けてきたのです。

その言葉に、私は折伏のチャンスだと思って、自分の病気治療のことなど吹っ飛んでしまい、「じつは私は、日蓮正宗という宗教を信仰しているのです」と前置きして、同じ信仰をしている同志の中に、末期の癌やスキルス癌を克服した人がたくさんいること、さらに成仏して亡くなった人は、死後、遺体が硬直せず、顔色も白くなって、腐敗臭も出ないことなどを手短かに話していきました。
  書き物をしながら聞いていた先生が、驚いた様子で手を止め、「そんな事が本当にあるのですか?」と聞き直してきたので、私は「今度、ぜひ話を聞いてください」と言いました。
その後、先生から「C型肝炎は消えていても、アルコールのせいで、肝硬変の一歩手前ではありますから、キチンと通院してください」と言われ、通院はすることになりましたので、私は時間がかかっても、通院中にこの先生を折伏しよう、と決意して、診察室を後にしました。
  私は、たった今起きた奇跡のような出来事に体がゾクゾクしてきました。治療もしないうちにC型肝炎のウィルスが消えてしまう、などということがあるのでしょうか?おかげで、私は、辛い治療も受けずに済み、そのための多額の出費も免れることができたのです。本当に御本尊様の功徳力は計り知れないと、ただただ驚くばかりでした。
  私のこれからの人生は、健康にしていただいたこの身体を使い、生まれ変わったつもりで、一人でも多くの人達を折伏して御報恩申し上げてまいります。
  ありがとうございました。(大拍手)