ドン底の経済苦が薄紙をはがすように解決!

第35回総会より
川原一洋さん

私は、昭和60年に創価学会を通じて日蓮正宗に入信しましたが、創価学会が謗法団体となったことから脱会し、種々の経緯を経て、小川御住職・大草講頭のお計らいで、平成13年に妙観講に入講させていただきました。
 その当時の私は、事業の失敗から借金を抱えて経済的に追い詰められ、妻とも別居して母親の家にころがり込むという、悲惨な状況にありました。
 生計を立てるために仕事を捜しても、私にできる仕事といえば日雇いのアルバイトで、いくら働いても月の収入はわずか十三、四万円、借金の返済と最低限の食費を取れば、別れた妻に払うべき養育費の支払いもままならない、という状態でした。そのため、三、四キロ離れた仕事の現場へ行くのにも、バス代がなくて徒歩で通い、食費がないので、お昼の食事は抜き、時には、あまりの空腹に耐えかねて、水をたくさん飲んで飢えをしのいだこともあったほどです。
 そのような状況にあった私は、妙観講に入講したことを機に、一から信仰をやり直し、その功徳で人生を立て直させていただこうと決意しました。

大草講頭からは、「折伏の功徳を積んでいけば、どのような罪障も消滅できる。時間がかかっても、今の苦しい境界は、必ず薄紙を剥がすように変わっていきますよ。それまで歯をくいしばって頑張ってください」と教えていただき、その指導にしがみつくような思いで、妙観講の講員としての信心修行をスタートしたのです。
まず、永井部長からの紹介で、長崎に住む学会員の斉藤君を折伏に行ったところ決定し、妙観講に入講して初めての折伏ができました。
入講させた以上は、斉藤君のもとに足繁く通って、しっかりと育成していかなくてはなりません。しかし、私の住む福岡から長崎までは高速代とガソリン代とで一万円ほどかかり、日雇いのアルバイトで食いつないでいた私にとって、それは大きな出費でした。そこで、高速は使わずに、一般道で片道五時間かけて月二回訪問し、斉藤君と一緒に勤行をし、一緒に折伏を実践していきました。
その甲斐あって、彼が学会時代に入会させた御一家が脱会できたり、私の職場の同僚や友人が入信するなど、次第に折伏が進んでいきました。すると、この折伏の功徳によって、御本尊様から思いがけない御加護をいただくことができたのです。

その頃、私は、定職に就くことを願って、いくつもの会社の採用に応募していました。書いた履歴書も五十通近くになっていましたが、年齢も四十歳を超えていたため、なかなか採用してもらえません。しかし、いつかはアルバイトでなくキチンと就職して生活を安定させ、在家信徒として一人前の御奉公ができるようになりたいと願い、日々の勤行の中で御祈念していきました。
そのような中、今から八年前のことです。
ふと見た求人雑誌に、大手携帯電話会社の派遣社員の募集が載っていました。給料もまあまあでした。そこで、採用先の希望年齢からは五歳もオーバーしていたのですが、ダメもとで応募したところ、とんとん拍子に話が進んで採用となってしまったのです。
しかも、入社後は、未経験の仕事だったにもかかわらず、すぐに仕事を覚えて順調に業績を上げることができ、それまでの、何をやっても上手くいかなかった人生が一変してしまったのです。本当に、御本尊様の御加護・折伏の大功徳だったと確信しています。

 その後、佐賀県武雄市の小林さん一家が妙観講に入講され、そこから、さらに折伏が進んでいった平成二十二年、またしても、御本尊様の有り難い御加護を頂戴することになりました。
といいますのも、この不景気の中、私が派遣されて勤務する会社でも、効率化をはかるために各部署が閉鎖統合され、それに伴って契約社員の派遣切りが行なわれるようになっていました。
かくいう私も、一年契約の派遣社員で、その年の九月には契約が満了することになっていたのですが、職場の課長から「次の移動先は探してあるから安心してください」と言われていたので、すっかり安心していました。
 ところが、九月初旬、その課長に呼ばれて、「移動してもらおうと思っていた部署が、来年三月で閉鎖されることになってしまった。今、他をあたっているけれど、難しいかもしれない」と告げられたのです。
異動先が決まらず、契約更新ができないとなれば、新たに仕事を探さなくてはなりません。そうはいっても、すでに四十六歳になっており、改めて仕事を探すことの難しさもわかっていましたので、とにかく、御本尊様にすがってこの解決を願っていきました。総本山で行なわれた妙観講の夏季合宿にも参加し、寸暇を惜しんで唱題し、御祈念していきました。

そして、お登山から帰って数日した日のことです。
課長から呼ばれ、「自分が以前いた部署で、今月、契約が満了となる人がいるので、その代わりに行ってもらえないか。ただし、その部署に行くためには、現在、所属している派遣会社を変わる必要がある」と告げられました。
私は本当に驚き感激しました。会社としてリストラが進められ、契約を満了した派遣社員が次々に切られて行き先を失っているなかで、働ける場所を与えていただけたのです。
むろん、派遣会社を変わるということには、若干の不安もありましたが、新しい派遣会社に行って、その不安は解消してしまいました。
 そこには、私が、以前に配属されていた部署の部長さんが、定年退職の後、再就職されていたのです。おかげで、本当に好意的に対処していただくことができ、手続きもスムーズに運びました。
給料等の雇用条件については一週間後に正式に決定するということだったので、その日まで油断できないと思い、日々、二時間の唱題をして御祈念するとともに、折伏・育成に励んでいきました。
 そして一週間後、提示された契約書を見た私は、一瞬、我が目を疑いました。何と基本給が月額十三万もアップしているではありませんか。結果的には、契約更新によって給与が四十%もアップしてしまったのです。
この、たび重なる御本尊様の御加護によって、若い頃より悩んできた経済上の問題は、完全に解決してしまいました。
 それからは、御本尊様への信心を根本に、仕事にも精いっぱい励み、昨年には、官公庁関係の設計コンサルの業務で一億二千万円の工事を成功させることができました。
 すると、その仕事が評価されたのか、今度は、突如として、私を正社員として雇用したい、という話が持ち上がってきたのです。

そして本年三月、社長との面談があり、「会社の規定では、正社員を雇用する場合の年齢制限は四十二歳までとなっているけれど、大きな実績と特別な能力がある者はその限りではないとの規定もある。君は、この規定に該当する、会社に必要な人材である」と評価され、正社員としての雇用が正式決定しました。(大拍手)
満足できる収入を得られるようになったとはいえ、派遣社員のままでは、会社の都合次第でいつ切られるかわかりません。そんな不安定な待遇から、安定した正社員になれたのです。これこそ、本当に長い間、願い続けてきたことでした。ただただ、御本尊様に感謝申し上げるばかりでした。
正式には、本年、九月に正社員となって、十月からスタートする携帯電話の基地局の営業・折衝課長になることが決まっています。

振り返ってみれば、入講当時は、本当にお金がなくて、別れた元妻や、世話になっている母にも、迷惑のかけ通しでした。御供養も満足にできず、総本山にも年に一、二回しか参詣できず、折伏や家庭指導の交通費にも事欠く状態でした。
そんな私に、大草講頭が「折伏の功徳を積んでいけば、どんなに時間がかかっても、今の苦しい境界は、必ず薄紙を剥がすように変わっていきますよ」と教えてくださいましたが、あれから十年余りが経った今日、本当にそのとおりになったのです。
さらに、入講当時、三人から始まった私の折伏系統は、現在、一五一名に達することができました。(大拍手)
この大恩に報いるため、そして、さらなる罪障消滅のために、本年度折伏誓願の成就を目指し、本日より、さらに折伏に精進してまいります。
ありがとうございました。(大拍手)