主人の信行を通じて体験した臨終の大事

第35回総会より
中嶋フミ子さん

私の主人は、平成13年3月、70歳の時に日蓮正宗に入信しました。それまでは、私や娘達がいくら折伏してもまったく聞く耳を持たず、長年にわたって信心に反対し続けていたのです。
 正法に背き続けた主人の晩年は、大きな病気の連続でした。
 まず、60代半ば頃には直腸ガンになり、さらに60代後半には心筋梗塞が発見されました。そうした中でようやく入信できたのですが、主人の身体はすでにガタガタになっておりました。
 70代前半には、心臓の後ろや腹部に大動脈瘤が発見されて、とくに心臓の後ろの動脈瘤は五センチ大にもなっているということで、体を冷却して心臓をいったん止め、大動脈瘤を切除するという、大掛かりな手術を行ないました。さらに、その数年後には、急性呼吸不全から肺炎を起こし、また、その後、肺ガンの疑いがあるなど、数々の病気に見舞われたのです。

これだけの大病をしていたら、普通ならばもうとっくに命はなかったものと思いますが、私たち家族は唱題・折伏に励み、また小川御住職様には幾度も当病平癒の御祈念をしていただき、さらに命の危険があるたびに御秘符を頂戴して、そのお陰で、十数回にも及ぶ危篤状態を、まさにギリギリのところで乗り越え、命を永らえてくることができました。
そして、病気の回復を通じて主人は、御本尊様の絶対のお力を深く信じるようになり、どんなに体調が悪い時でも毎日の勤行を欠かさず行ない、会合に参加し、折伏も実践するようになりました。そして、臨終を迎える直前まで、登山させていただき、命を助けていただいたことを大御本尊様に御礼申し上げておりました。
また、こうして信心に励んできた主人は、病気が治っただけでなく、もともとは大変神経質で、ガミガミと文句ばかり言っていた人でしたが、それが、考えられないほど穏やかになり、いつもニコニコしながら「ありがとう」と言って、笑顔がトレードマークのような人になっていました。これも御本尊様の功徳としか考えられません。

   このように、たくさんの功徳をいただいてきた主人でしたが、年齢は80を超え、もう身体は限界にきていたのでしょう、第34回総会を目前にした昨年3月6日、家の中で転倒して背骨と肋骨を骨折し、入院しました。
担当医は、「手術はせずに、しばらく安静にして様子を見ていきましょう。三ヶ月くらいで治るでしょう」と言っていましたので、私たち家族も油断しておりました。
しかし、夜遅くに主人の状況を聞かれた講頭が「御秘符をいただいた方がよい」と言ってくださり、加藤明美部長が、翌朝一番で御秘符をいただいて、東京から新潟へ来てくださることになりました。
すると、部長が到着するまでの間に、主人の容体が急変したのです。骨折したところから出血したために貧血を起こし、さらにその影響で心不全を起こして、肺には水がたまり、あっという間に危篤状態になってしまったのです。
ちょうどその時、部長が駆けつけてくださって、御秘符を頂戴することができ、おかげで主人は持ち直すことができたのですが、まさか骨折が命に関わる状態にまで至るとは思ってもいなかっただけに、あらめて、先輩方の指導の的確さ、有り難さを思わずにはいられませんでした。
また、この時の診察で、主人の身体に心不全の前兆があったことが判明しました。担当医から「もし、これに気づかず、自宅で心不全を起こしていたら、手遅れだったかもしれない」と言われ、ここでもまた、御本尊様に命を助けていただいた、と思いました。
その後、主人の状況はいったん落ち着きましたが、三月十日の未明に呼吸不全となり、喉から人工呼吸器を付けることになりました。
本当にこれが最後か、と思い、子供たち、孫、兄弟たちにも病院へ駆けつけてもらいました。
その時、何度折伏しても信心を嫌い続けている息子のことを、主人も大変気にかけていましたので、上の娘が折伏しました。
残念ながら息子を入信に至らせることはできませんでしたが、家族で折伏し、部長をはじめ支区の皆さんが御祈念してくださったところ、またもや主人は危篤状態を脱して、翌日には自力で呼吸ができるようになり、その後、人工呼吸器も外れ、少し食事も取れるようになったのです。

 そして、その後、再び大きな山が訪れました。
第34回総会の前日、3月30金曜日の深夜のことです。主人の容体が良くない、と病院から連絡が入りました。急いで病院に行くと、担当医から「もしもの時には、苦しみを和らげるためにモルヒネを打つ」と言われ、さらに「家族は、いつでも連絡が取れて、すぐに駆けつけられるようにしていてほしい」と言われたのです。
 私も娘も本当に楽しみにしていた総会ですが、誰かが総会参加を断念して新潟に残らなければならないのではないか、と迷いました。
 しかし、そのことを支部長から聞かれた講頭は、
 「モルヒネを打つと本人の意識がなくなり、二度と自分でお題目が唱えられなくなってしまう。臨終に成仏を遂げるためには本人の題目が大事であり、それを考えると、モルヒネはできるだけ打たないほうが良いでしょう」
と言われ、家族の総会参加については、
 「今は、家族が、御本尊様への確信を持って、自分達になし得る最大限の功徳を積み、それを御主人に回してあげるべきです。いくら医者から言われたといっても、ただそばにいたところで、何もできないではないか」
と指導してくださった、とのことでした。それを伺い、私も娘も「やっぱりそうだ! 皆で、しっかりと総会に参加し、功徳を積んでこよう!」と腹が決まり、翌日の夜、総会第二部に参加するために新潟を出発して、道中ずっと唱題しながら総本山へ向かいました。

総会当日の御開扉では、講中の皆さんと共に奉安堂に集えた感激で、とめどなく涙がこぼれました。そして、大御本尊様に主人の事を必死で御祈念させていただき、さらに総会では、素晴らしい体験発表を聞かせていただいて、御本尊様は絶対である、との確信を深め、歓喜して帰ってくることができました。
結局、新潟を出発して総会に参加し、戻ってくるまでの約二十時間、病院からの連絡は一切なく、翌日に病院へ行ってみると、主人は穏やかな顔をしていました。私は、主人も三障四魔と闘って持ちこたえ、家族皆を総本山へ行かせてくれたのだ、と思い、主人に感謝しました。(大拍手)
その後、しばらくは落ち着いた日々を過ごすことができました。
ある日、「怖いよ、怖いよ」と何度も言うので、「怖いと思ったらお題目を唱えようよ。すぐに大聖人様が助けてくださるからね」とさとすと、主人は子供のように「うん」とうなずき、それからは一言も「怖い」と言わなくなりました。

 こうして、静かに時が過ぎ、4月11日の朝を迎えました。
病院から連絡があり、娘と駆けつけると、主人は意識があまりなく、呼び掛けにも反応がありませんでした。血圧がだんだん下がってきていて、私たちはとにかく横でお題目を唱えながら見守っていました。
 そして、夜七時半ころ、私が部屋を少し離れていた時、主人は静かに息を引き取ったのです。
 私は看護師さんに呼ばれて、急いで主人のもとへ駆けつけました。その時、私の目には主人の顔が青白く見えたので、これは大変だと思い、『暁鐘』に掲載されていた「臨終の作法」を思い出して、主人の耳元で、
「お父さん、ただ今臨終ですよ。日蓮大聖人様がお迎えに来てくださいます。大丈夫ですよ」
と言って、お題目を唱えました。すると、即座に主人の顔に赤みがさし、にこやかになったのです。
 看護師さんたちは皆、口々に「中嶋さんは、いつも笑っていたけど、亡くなってからも笑っているね」と言い、号泣していました。
 主人が亡くなった後、支区の皆さんは、告別式までの間、ずっとお題目を切らさず唱え続けてくださいました。
 主人の遺体は、ずっと柔らかく、顔色も良く、これまであったシミも消えて、死に化粧は一切していないのに本当にきれいでした。また、お数珠をかけさせようとしても、腕がするすると下におりてしまい、腕の下にタオルを入れてどうにかお数珠をかけさせるほどで、納棺の時も身体がうねるほどの柔らかさでした。もちろん、ドライアイスも入れていないのに、死臭もまったく出ませんでした。
 日蓮大聖人様は、臨終において成仏した人の相を、
「設ひ七尺八尺の女人なれども色黒き者なれども、臨終に色変じて白色となる。又軽き事鵞毛(がもう)の如し、軟らかなる事兜羅綿(とろめん)の如し」
(御書1290頁)
とお示しくださっていますが、主人は、まさにそのとおりの相を現じたのです。

通夜には、これまで折伏してきた未入信の親族たちも皆、日蓮正宗の御僧侶のお題目を聞き、御本尊様に手を合わせておりました。私も、喪主のあいさつで、主人が何度も御本尊様の御力で命を助けていただき延命してこれたこと、また、遺体の相が仏法に説かれるとおりの成仏の相であったことを話させていただき、通夜は、まるで主人の最後の折伏の場のようでした。
  さらに、火葬後の主人のお骨は、こう言ってはなんですが、とても立派で、まるで標本のようにそっくりそのまま戻ってきたので、皆がびっくりしていました。
    さらに、地元の正宗寺院である聞正寺にて初七日の法要をしていただいたのですが、ここでも五十名もの多くの皆さんがお塔婆を立ててくださり、聞正寺の御住職様も大変驚かれていました。そして聞正寺の御住職様からは、
「今、妙観講は一番大きな法華講ですが、日頃の折伏を通じても、そして、今回の中嶋さんの立派な成仏の相や、葬儀に至るまでの、皆さんの本当に素晴らしい信心を見せていただきました。聞正寺支部も妙観講を見習って頑張っていきたいと思います」
  と、もったいないお言葉をいただき、初七日法要が、まるで信心の会合のようでした。
  他のお寺の御住職様よりそのようなお言葉をいただいて、あらためて、妙観講で示された信心をしっかりと実践し、模範となるような法華講員に成長していこう、と思いました。
こうして、主人の葬儀を無事に終え、葬儀での全てのことが、有り難くて有り難くて仕方がありませんでした。主人も本当に喜んでいたと思います。
また、これまで、理境坊の御住職様には幾度も御祈念をしていただき、講頭・副講頭・支部長・部長方々には、家族以上に主人のことを心配していただきました。そのようにして信心を支えてくださったからこそ、ここまでやってこれたのだと思い、感謝してもしきれません。心より、御礼申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
私は、主人の臨終を通じて、日蓮大聖人様の仏法の偉大さを、あらためて実感することができました。本当に、この御本尊様は絶対であります!
今後も、講頭、先輩方、そして同志の皆さんと共に精いっぱい折伏させていただけるよう、頑張ってまいります!
ありがとうございました。(大拍手)