折伏の功徳で守られた命 脳を広範囲に損失するも

第36回総会より
佐藤京子さん

 私は、宮城県に生まれ、物心ついた時には、母親によって創価学会に入会させられておりました。その後、地元で結婚し、主人も学会に入りましたが、家庭がうまくいかず、子供が二歳の時に離婚し、私は、子供を連れて上京しました。
東京での最初の職場の人達は皆学会員で、さらに住んでいた寮もほとんどが学会員だったため、私は熱心に学会活動をするようになりました。
 会合参加はもちろん、『聖教新聞』の集金や選挙活動に励み、〝B担〟という役職も与えられ、教学では〝教授補〟という肩書きまでもらって、創価学会にどっぷり浸かっていた私は、子供も創価高校に入学させるほどでした。
  しかし、その一方、会合に出ると、学会員同士の悪口を聞かされたり、幹部に悩み事を相談すると、それが皆に広まったりするなど、次第に、創価学会の在り方に疑問を持つようになりました。
 さらに平成三年頃からは、日蓮正宗の寺院や御僧侶の悪口も聞かされるようになって、ますます学会がイヤになった私は、勤行もしなくなり、その後、引っ越ししたことを契機に、学会の人達からも離れてしまいました。

 そのような中の平成十年、どのようにして私の所にたどりついたのか、突然、名前も知らない妙観講の方から電話が掛かってきて、「創価学会は日蓮正宗から破門されて、全く功徳がなくなったんですよ」という話をされました。その電話をきっかけに、後日お会いし、何時間も折伏されて、日蓮正宗に帰伏することができたのです。(大拍手)
 私は、この時の話の内容を全く覚えておらず、しばらくの間、「自分は学会の誤りを知って、素直に帰伏した」と思っていたのですが、実際は、「創価学会は大謗法団体になった」と聞かされても、素直に受け止められず、かなり手こずらせたようです。そのことを後で聞いて、いかに自分の中に創価学会の害毒がしみついていたか、ということを思い知りました。

 さて、帰伏したその日から欠かさず勤行をするようになった私は、十数年ぶりに総本山にも参詣し、大御本尊様の御開扉を受けた時には感激で涙が溢(あふ)れてきました。
  それからは毎月、班長が迎えに来てくれて、登山と、支区座や本部講習会に連れて行ってくれました。私は、妙観講の会合に参加するつど、学会とは全然違う、本物の信仰の清々(すがすが)しさと、正しい信仰の有り難さを感ぜずにはいられませんでした。
 また、学会時代は折伏が大嫌いだったのですが、妙観講の会合に参加しているうちに自分から「折伏してみたい」と思うようになり、以前学会で大B長だった友人を折伏して帰伏させることができました。(大拍手)

 そのようにして正しい信仰に励むようになった平成十年七月、私は、通勤途中にバイクで事故を起こしてしまい、頭を強く打って、意識不明の重体で病院に担ぎ込まれました。医師は家族に、「脳挫傷を起こしており、たいへん危険な状態です。一週間くらいが山場です」と告げたそうです。
 その当時、私の身内は全員が学会員で、私自身は意識不明でしたので、講中の先輩達は誰も、まさか、私が事故で入院しているなどとは思ってもいなかったそうです。
 しかし、謗法の創価学会を脱会して正しい教えに帰伏していた功徳でしょう、私は一週間で意識を取り戻し、危険な状態から脱することができたのです。
 ちょうどその頃、私に連絡が付かないことを心配して、あちこち連絡を取り続けてくれていた講中の先輩方が、ようやく私の事故を知り、病院に駆け付けてくださいました。そして、当病平癒の御祈念をお願いしてくださると共に、毎日のように来て励ましてくださり、私も病院のベッドで唱題に励んでいったところ、どんどん元気を取り戻して、一ヵ月で退院できました。
 しかも、退院の時、医師からは、「事故によって前頭葉(ぜんとうよう)が損傷しているため、普通の生活はできません」と告げられたのですが、私は、その後、二ヶ月ほどの通院と自宅療養を経て、半年後には希望どおりの職場も見つかって、社会復帰することができたのです。本当に御本尊様の功徳はすごい、と思いました。
しかも、労災の認定が下(お)りて、事故にあってから半年間の収入が補償されたうえ、新しく就職した職場は、お給料はそれまでと変わらないのに勤務時間はこれまでより短くなり、講中の会合にも全て参加できるようになりました。

その後、学会員だった兄を折伏したところ、素直に帰伏することができましたが、この時、兄はすでに咽頭(いんとう)ガンの末期で、ガン細胞は全身に転移しており、医師から余命三か月と告げられていました。
兄は、病床で唱題し、三人の子供達を帰伏させて、さらには、最後の力を振り絞って自ら車を運転して大石寺に参詣しました。すると、登山前は白血球の数が激減していた状態だったのに、登山から帰った直後に白血球が急激に増えて回復する、という、考えられないような功徳をいただき、六か月間の延命をさせていただいたのです。
日蓮正宗で葬儀を出すことができた兄の遺体は、本当に色白で、口元もほころび笑っているかのような、きれいな相となりました。

 私は、自分が瀕死(ひんし)の状態から命を助けられたこと、さらに、兄の身に現われた現証を目の当たりにして、日蓮正宗こそが本当に正しい教えであることを心から確信することができました。そして、それからは、「とにかく全ての会合に参加しよう」と心に決め、大田区から妙観講本部のある西荻窪までの定期券を買って、できるかぎり本部に歩みを運びました。
 また、妙観講の総会に参加した際、講頭の「この仏法に命を捧げて御奉公させていただく」との決意に触れて大感激し、自分も一分でもお役に立ちたい、と思い、毎日本部に通って電話で折伏の確定取りをしたり、支区の皆さんと一緒に折伏に廻ったり、地方折伏にも進んで参加しました。さらに、いまだに学会を辞められずにいる母や弟妹、友人・知人・親戚、同じ団地に住む学会員など、私の記憶にある範囲の全ての縁ある人を折伏していきました。
 これにより、地元の学会組織は大騒ぎとなり、連日のように幹部や男子部が我が家に押しかけてきて、「この辺を回るな」と脅したり、母からは「親戚を折伏するな」と電話が来たり、同じく学会員である弟と妹は、私に折伏されないよう、電話番号を変え、住居まで引っ越してしまいました。
 しかし、私は、そのように逃げ回る学会員の姿を見るにつけ、本当に哀れに思って、いっそう折伏の闘志に火が着きました。そして、さらに折伏に励んでいったところ、知人・友人・学会員の中から、何人もの人達を入信・帰伏に導くことができるようになってきました。
 
  さらに私は、自分が長年にわたって創価学会で誤った信仰を教えられ、さらには大謗法となった後まで在籍し続けていた、その罪障を消したい、と思い、班長の任を精いっぱい務めさせていただくと共に、法子会として御奉公させていただきたい、と思うようになり、七年前に法子会に入れていただきました。今では、法子会の中で私が最年長とのことですが、本部の受付や本山での任務等を喜んでさせていただいております。
 そのような中、創価大学にまで行かせてしまった長男が、何度かの折伏の末、ついに学会をやめて妙観講に入講させていただくことができました。(大拍手)長男は、現在ハンガリーに住んでおりますが、遠く離れた国で勤行に励み、講中の機関誌紙を読んで、折伏にも励んでおり、ハンガリーの友人を二人入信させることもできました。

  さて、妙観講員となって十五年、バイク事故からは十四年ほどが経った昨年九月、私は、何となく「脳の検診を受けてみよう」と思い立ち、脳ドックを受けることにしました。
すると、とんでもないことが発覚しました。脳のMRI診断の結果、前頭葉と右側頭葉(みぎそくとうよう)のかなりの部分が損傷して無くなってしまっており、医師によると、「前頭葉は、十四年前にバイク事故を起こした時に損傷して、全く機能しなくなっており、右側頭葉も全く機能していない」ということがわかったのです。

(※ここで、モニターに画像が映し出される)

 今、画面に映っている写真が、その時の私のMRI画像です。赤いマル印で示したところが、無くなってしまった前頭葉と、右側頭葉です。

「とんでもないことになった」と思った私は、慌てて先輩にお話し、講頭の個人指導を受けさせていただきました。
私が、「脳のかなりの部分がなくなってしまっている、という診断を受けたのですが、これからどうしたらよいでしょうか」と尋ねると、講頭は、開口一番、「どうするもこうするも、御本尊様に感謝し、御恩返ししていく、それしかないじゃないですか!」と笑顔で言われました。私がキョトンとしていると、講頭は、
「これだけ広い範囲にわたって脳が死んでいる、ということは、廃人になるか、命がなくなっていても当然な状況であり、こうして普通に生活できていること自体、大功徳です。そのことを自覚していますか」
と言われたのです。

  言われてみれば、本当にそのとおりでした。前頭葉と側頭葉が全く機能していない、ということは、最も重要な脳の半分、人間としての思考を司(つかさど)る部分がないわけですから、本来なら、廃人となって寝たきりの生活になっているか、悪くすれば死んでいたかのどちらかだったはずです。それが、私は、こうして普通に仕事や生活ができているのですから、それ自体が奇跡的なことです。これを、御本尊様の功徳と言わずして、何と言えばよいのでしょうか!
もし十五年前、創価学会をやめて日蓮正宗に帰伏していなかったら、そして、妙観講で、罪障消滅のできる正しい信心の在り方を教えていただいていなかったら、今の私はなかったと思います。あらためてそのことに気付かせていただき、私は感激でいっぱいになり、心から御本尊様に御礼申し上げました。(大拍手)
 この御恩に報いるためにも、今後は、御本尊様より救っていただいた命を使って精いっぱい、身を惜しまず、ひとすじに御本尊様にご奉公していこうと決意しております。頑張ります!
ありがとうございました。(大拍手)