邪宗の害毒に煩悶してきた人生 正法の功徳で不思議な御加護が!

第36回総会より
吉田昌司さん

  私が創価学会に入会したのは平成六年でしたが、それまでは祖父や父と一緒に、家の宗旨である邪宗・日蓮宗を熱心に信仰し、私も身延山久遠寺には何度も参詣していました。
 ところが、熱心に信仰すればするほど、人生上に次々と不幸なことが起きてきたのです。
 私の家は、祖父の代までは多くの土地を持っていた大地主で、私が子供の頃に住んでいた家は、庭を含めると、小学校が三つか四つは入るほどの広さでした。
 それだけに、祖父が、身延山久遠寺や、檀家となっていた末寺に布施をした金額は、半端な額ではなく、トータルで億単位のお金を出していたと思います。当時、日蓮宗の檀家の人たちから、「吉田さんは、布施の額でトップ3に入る」などと言われていたくらいでした。
 その祖父の影響で、父と私も熱心に信仰するようになったのですが、私の方は、平成六年に授かった長女が、生まれて数日で亡くなり、同じ頃、父の方は経営していた会社が倒産してしまったのです。しかも父の会社倒産は、これで二度目で、抱えた借金は祖父が土地を売って何とか返済しましたが、生まれたばかりの子供を失くした私は、本当に落胆しました。そして、「こんなに一生懸命に日蓮宗を信仰しているのに、どうしてうまくいかないのだろう」と、思うようになったのです。

 そんな時に、たまたま妻が知り合った創価学会員から、「幸せになれる」と言われて、創価学会に入会しました。
そして、学会製のニセ本尊を受け、誘われれば会合にも参加するようになったのですが、いま思えば、当時の学会は日蓮正宗から破門されて大謗法団体となっており、これでは邪宗から邪宗に入信したにすぎないわけですから、幸せになどなれるはずがありません。
 学会に入会して二年ほど経過した平成八年には、長女と全く同じように、次男が、生まれて数日で死亡してしまいました。
 ついで、父が再起をかけた三度目の会社が、またもや倒産してしまい、父は五億円もの負債を払わなければならなくなったのです。
 これを助けるために、祖父は先祖伝来の土地をそうとう売ったのですが、追い打ちをかけるように、火事に見舞われて家まで焼失してしまい、吉田家は一挙に疲弊(ひへい)しました。
 さらに不幸は続いて、同じ頃、精神的な病を抱えていた私の弟が自殺してしまったのです。弟は、怪しげな霊媒師にはまり、その人の言いなりになった挙句の自殺でした。
 また、私と年が近く、姉のように慕っていた叔母が、まだ二十代の若さで、白血病にかかってこの世を去りました。
その後家族は崩壊し、親戚ともつきあわなくなり、私は相次いで起きてくる不幸に、ほとほと疲れてしまっていました。

  そのような状況にあった平成二十年、私と同じ学会員だった北川さんが、いつの間にか学会をやめて妙観講の講員となっており、私を折伏してくれたのです。
 これまでの数々の不幸が、全て邪宗謗法によるものだった、ということを知り、私は、思いきって日蓮正宗に入信することを決意しました。(大拍手)
 そして入信して三ヶ月が経った頃、初信の大功徳をいただきました。
 会社から帰宅する途中、車を運転していた私の身に、突然、脳梗塞(のうこうそく)の発作が起きたのです。その時は、脳梗塞とはわからなかったのですが、目の前が真っ暗になったため、車を停めてしばらく休んでから、恐る恐る運転して自宅に戻りました。
 翌日になっても、目がチカチカして、頭が割れるように痛かったため、自分で病院に行くと「脳梗塞を起こしている」と診断され、医師からは「あと少し病院に来るのが遅れていたら、右半身が麻痺していましたよ」と、言われました。
 運転中に発作が起きたのに事故もなく、そして何の後遺症もない、という現証に、「御本尊様に守っていただけたのだ」と思い、今までの日蓮宗や創価学会との違いを実感し、真面目に信仰しようと決意しました。
 そして、本部講習会に参加して、正しい信心の大切さを学び、自らの命に刻み込んでしまった謗法の罪障消滅を願って、職場の同僚だった学会員を折伏するなど、折伏も実践し始めました。

しかし、最悪の邪宗教であるといわれる日蓮宗や創価学会を信仰して、積んでしまった罪障が、そう簡単に消えるはずはありません。入信三年目の平成二十三年、これらの悪業が一気に吹き出してきたのです。
 最初の出来事は、仕事中に左足の靭帯を断裂してしまい、一ヶ月ほど休養したのですが、その後から足の裏に痛みと痺れを感じたため病院に行ってみますと、足根管(そっこんかん)症候群という病気にもなっていると診断されました。 これは、足首の中にある神経が、なんらかの原因で圧迫されて起きるもので、最初は痛みやしびれが起き、ついには足の神経が麻痺してしまう病気です。
 さらに、その治療を受ける中で、先の靭帯断裂の際に足の骨が欠けていて、その欠けた骨の破片が、足の中をグルグルと巡って、足の靭帯などを破壊していたことがわかりました。
 
  すぐに手術することになりましたが、その手術というのが、いったん足首を切断して、骨の破片を取り出して治療し、最後に足首を元の位置に付ける、という大掛かりなものでした。
 この手術は一回では成功せず、結局、合計で五回も手術することになり、入退院を繰り返しました。そのため、とうとう、一昨年の第三十四回総会には、参加することができませんでした。
一度は、「どうしてこんなことが起きるのか」とも思いましたが、先輩から「吉田さんが積んだ邪宗謗法の害毒は、それほど簡単に消えていないのです。それが現われてきたのですから、罪障消滅ができるまで、精いっぱい、信仰していきましょう」と、励ましていただき、あらためて奮起いたしました。
 そして、昨年は今まで以上に登山することを決意し、登山の折には実家に立ち寄って、父や兄弟を折伏しようと決めました。
 昨年二月の日蓮大聖人の御誕生会では、荘厳な法要に大感激し、「大聖人様、御本尊様、そして御歴代の猊下様の御恩に報いたい」という気持ちがフツフツと湧き上がり、とても感動しました。

  こうして私は、昨年の一月から九月までの間に、九州の佐賀県から合計で六回の登山をし、うち三回は飛行機で、あとの三回は川原幹事の車に乗せてもらいました。
飛行機だと時間はかからないのですが、時期や、予約状況によっては、往復で約十万円もかかり、車だと皆で乗り合わせていくので、約二万円の費用で本山まで行けるのですが、片道十二時間もかかります。渋滞に巻き込まれて、片道十八時間かかったこともありました。
 でも、御誕生会に参詣して得た大感激は薄れることなく、喜んで登山を重ねました。

こうした中で、昨年の十月半ば、間違いなく命を落とすような大事故に遭遇したのですが、奇跡的に御本尊様に命を救っていただく、という大功徳を頂戴したのです。
 私は、船の部品や、大型機械部品を作る会社に勤務しています。この仕事は、高いところで作業することが多く、常に危険と隣り合わせです。
 その日も、夜勤の仕事で、高さ十二~十三メートルの所で作業をしていたのですが、その下には、船を造る材料となる鉄製の尖った部品などが、ところ狭しと置いてある状態で、もし、上から落ちたら、尖った鉄の部品が刺さって体は穴だらけになり、間違いなく死んでしまいます。
 そのような危険な作業の最中、なんと私は足を踏み外し、真下へ転落してしまったのです。
落ちた瞬間、「もうダメだ!」と 思いました。
 やがて目を開けてみますと、いったいどうしたことか、私は、落ちたはずの場所から十メートルも離れた、何もない、さら地の上に体育座りをしていたのです。

  何が起きたのか、訳がわからず、「自分は死んでしまったのか」と思ったりして、呆然としていると、心配して同僚達が集まってきました。
 私が落ちた瞬間を見ていた同僚からは、「『落ちた!』と思って下を見たら、いなくて、離れたさら地の上に座っていた!」と、言われました。他の同僚達も確認するかのように、「今、落ちたんだろう!?」と、聞いてきましたので、「確かに落ちた」と答え、あらためて自分で確認してみたのですが、まったくケガさえしていないのです。
徐々に落ち着きを取り戻し、冷静になって考えてみても、まるで瞬間移動したか、見えない滑り台に乗って、安全な場所に運んでいただいたとしか思えない、不思議な現証でした。
 
  以前に聞いた体験発表で、ビルの上から足場のないところに落ちたはずなのに、気がついたら足場の上に落ちて助かった、という奇跡的な体験がありましたが、まさか自分が同じような体験をするとは、思ってもいませんでした。
本当に不思議な体験で、「御本尊様のお力は、本当にすごい! 本当にありがたい!」と、心から感謝申し上げました。(大拍手)
 もし、六年前に日蓮正宗に入信していなければ、あのまま邪宗教の中に身を置いていたら、私は間違いなくここで命を落としていたことでしょう。
 あまりの有り難さに、いっそう折伏に励むことを決意しております。
 さらに経済面でも、御本尊様に守っていただいていることを実感しております。
先ほど申し上げましたように、平成二十三年から二十四年にかけて、私は合計五回も手術を受けたため、会社からは、まともに仕事ができないものと判断されて、役職を下ろされました。役職手当がなくなって、給料は減額となるものと覚悟していましたが、残業手当が支給されるようになった分で、逆に給料が上がってしまったのです。
 また、不景気の影響で、大規模なリストラが行なわれ、三分の一以上もの同僚が解雇された時も、一人の上司が会社の上層部に働きかけてくれ、リストラを免れました。
 これらの体験を通じて、邪宗を信仰すれば、その罪障が命に刻まれて必ず不幸になり、正しい仏法を信仰すれば、必ず守られ、罪障も消していける、ということを実感いたしました。
 まだまだ至らない信心ではありますが、この御恩に報いるため、勤行・折伏・お登山・御供養と、精いっぱい仏道修行に励む決意です。
 ありがとうございました。(大拍手)