ネパールから来日して正法の功徳を獲得

第38回総会より
サポコタ・サントスさん

唱題の功徳で就職も叶い
御本尊を迎えて店も盛況に

 皆さん、こんにちは。私は、京都に住んでいるサポコタ・サントスです。
  私は、四年前の平成二十四年、十六歳のときに、二人の兄と姉夫婦を頼って、ネパールから日本にやって来ました。私の国ネパールは、世界最高のヒマラヤ山脈の麓にある美しい国ですが、経済的には産業が発達していない、たいへん貧しい国です。そのため、多くのネパール人が海外へ出て、外国で外貨をかせいで本国へ仕送りをして、ネパール経済を支えることが、国策の一つとなっているのです。
 そのような事情で、私も日本へやって来て、兄姉が働いている京都で生活するようになりました。
 私は、日本語がわからないまま日本に来てしまったので、姉夫婦が経営するネパールレストランの手伝いをして、お客さん達と会話をしながら、日本語を憶えていくことにしました。

その中で、お店のお客さんであった、妙観講のO部長、F班長達から折伏されて、平成二十四年十一月に兄達とともに入信し、南無妙法蓮華経のお題目を唱えるようになったのです。それからは、時間をみつけては理境坊の京都出張所に行き、会合にも参加していきました。
 そして、少しずつ言葉がわかるようになった頃、仕事を探しはじめました。私は、まだコックの修行をしていなかったので、レストランでは一人前の仕事ができなかったのです。

しかし、いざ仕事を捜してみると、外国籍である上、まだ十六歳だった私をやとってくれるところは、なかなか見つかりませんでした。困り果てていたところ、妙観講の皆さんが外国人でもOKという仕事を捜してくれ、履歴書を書いて面接に行くことになりました。
 このとき、「御本尊様にお願いしたら必ず願いが叶う」と教えてもらい、「仕事が決まりますように」と真剣に祈っていきました。
 そして、面接に行ったところ、とても気に入ってもらうことができ、その場で採用が決まったのです。(拍手)
 私は、御本尊様に祈ったことが、本当に叶ったので、驚いてしまいました。
 私は、その職場で一生懸命に働いて、会社の人からも褒めてもらえるようになりました。

その後、二人の兄が独立して、新しくネパールレストランを始める事が決まりました。私は、これから兄たちが始めるお店に、たくさんお客様が来ますようにと、御本尊様に祈っていきました。
 そして、平成二十五年五月、兄達のレストランがオープンしました。
お店として借りたのは四階建てのビルで、一階がテーブル席、二階が座敷、そして、三階四階が住居で、私もそこで暮らすこととなりました。
 ところが、あとで知ったのですが、その建物は、今までも何度も飲食店がオープンしては閉店を繰り返してきた物件で、まわりからも、今度もすぐ潰れるだろうと言われていた店舗だったのです。
 場所も京都駅の裏側にあたる、目立たない所で、実際にオープンしてみたところ、お客様が一日に二人、三人しか来ない、という日が続きました。

私は本当に心配で、理境坊出張所に行っては、一生懸命にお題目を唱えていきました。すると、少しずつお客様が増えてきたのです。
 そして、翌年の平成二十六年一月に御本尊様をお受けして三階に御安置し、皆で南無妙法蓮華経と唱えるようになってからは、さらに売上が増え、スタートした時の月七十万円から、九十万、百万と、三割増し、五割増しに増えていきました。
 それは、京都の観光客が増えたことで、お店の近くに新しいホテルがいくつもでき、はからずも、ホテルに泊まっている人達が、たくさん来てくれるようになったからでした。


ネパールに立派な邸宅を
京都では二号店をオープン

 こうして、兄達のお店は順調に軌道に乗り、昨年五月の妙観講三十七回総会には、家族と友人、合計十二人で参加することができました。
 私は、三回目の総会参加でしたが、当日はとてもいい天気で、皆で大石寺に来れたことを喜び合いました。
大御本尊様にはたくさんの事をお願いしました。兄達も大御本尊様に御目通りできたことを、とても喜んでいました。
 総会では、ネパールの大地震の話があり、ネパール・インドに住む妙観講メンバー二一、三〇七人が全員無事だったと聞いて、とても嬉しく、感激しました。

そして京都に帰ると、驚くような事が起こりました。
 兄の店に、さらにお客さんが来るようになって、月の売り上げが百六十万円を越え、オープンした頃の二倍以上になってしまったのです。
 私の知り合いがたくさん、ネパールレストランで働いていますが、お店の売上がオープンの時から倍以上に増えた店は兄の店だけです。
 けっして広い店でもなく、しかも、今まで数々の飲食店がオープンしては潰れてきた中で、兄の店だけが売上を伸ばしてくることができたのは、御本尊様に守っていただいたからに違いありません。
 しかも、家族経営で人件費がかからないこともあって、今日までたくさんの利益をあげる事ができました。

これによって、さらに大きな願いが叶いました。といいますのは、ネパールで両親が暮らしてきた家は、土で作られた、今にも壊れそうな家だったのですが、日本で、兄弟、力を合わせて働いたことで、大きな門がある立派な家をローンで建てることができ、父と母に、安心して住んでもらうことができるようになったのです。(※この家です、とスクリーンを示す)(大拍手)
 こうして、私達一家は御本尊様から大きな功徳をいただきましたが、この頃、お店には、間違ったカルト教団・顕正会の人達が来るようになり、「南無妙法蓮華経を一緒にやろう」と誘ってきました。しかし兄が、「私たちは南無妙法蓮華経をやっている。大石寺にも行った。三階には御本尊様もある。だから、あなた達とは一緒にやらない」とキッパリ言って、追い返しました。
 その後、兄達は、家を建てたお金の返済もあるので、もう一つお店を出したいと考えるようになり、皆で御本尊様にお題目を唱えてお願いしていきました。

さらに、新しくお店に来たコックさんを折伏したところ、速やかに入信して、さらに、お題目を唱える人が増えました。
 すると、昨年の秋、京都市東山区に、二つめのお店を開ける場所が見つかったのです。そこは、清水と八坂の間にあり、東大路通りに面していて、いつも観光客がたくさん歩いている場所で、お店を営業するにはとてもいい場所でした。 日蓮正宗のお寺にも歩いて五分もかかりません。「ぜひ、ここで、新しいお店をオープンさせてください」と御本尊様にお願いしていきました。

その結果、昨年十二月二十七日に念願の二号店をオープンすることができたのです。(大拍手)
 当時、私は、京都の大丸デパートとコンビニで働きながら、月二十万円の収入を得ていましたが、オープンした新しいお店がとても忙しくなるため、デパートとコンビニを辞めて、お店を手伝うことになりました。新しいお店にも、もっと、たくさんのお客様に来ていただけるように、しっかり御本尊様に祈って頑張ります。

私は、兄達を頼って日本に来ましたが、そう遠くないうちにネパールに帰って音楽家になるつもりでした。でも、日本で暮らしてみて、電気もガスも不自由なく使えて、きれいなお水もあり、みんな優しくて、とても住みやすい国だということがわかり、日本でずっと暮らしたいと思うようになりました。
 これからも、日本で一生懸命に働いて、ネパールの両親に、もっともっとお金を送りたいと思っています。そして、日本とネパールの両方の国の発展に貢献していきたい、と願っています。
 本日参加されているネパール人の皆さん、一緒に御本尊様に南無妙法蓮華経のお題目を唱え、折伏をし、共に頑張って信心していきましょう。
 ご静聴、ありがとうございました。(大拍手)