苦しみに満ちた家庭が折伏の功徳で蘇生

第38回総会より
武内 紀子さん

息子の更生を願って入信
母との絆も蘇り経済も安定

 私は、平成十九年五月に、友人のT班長から折伏されて入信いたしました。入信の動機は、息子の非行に悩んでいたことです。
 私の息子は、中学に入学した頃より、父親と不仲になって家出を繰り返し、非行に走るようになりました。そのため親の私は、たびたび学校や警察、児童相談所から呼び出され、不安の絶えない日が続くようになりました。
 そんな息子に対し、主人は、話を聞こうともせず、感情的になって、殴る蹴るの暴行を繰り返し、最後は包丁を持ち出して脅す、という有り様でした。私はどうすることもできずに、泣いてばかりで、朝起きたら死んでいたい、と思うほど、本当に地獄のような日々だったのです。

その後、息子はとうとう少年院に入ることとなり、私は、息子の将来を考えて、主人と離婚をしました。そのような折に、筒井班長から折伏を受けて、日蓮正宗に入信したのです。
  入信してからというもの、私は、宮城班長のお宅に通って、御本尊様の御前で朝夕の勤行を行ない、ひたすら息子の更生を御祈念していきました。さらに、一か月後には娘を折伏して入信させ、それから二か月後、妙観講第三十回総会の折に、娘とともに初めて総本山に参詣しました。大石寺の素晴らしさに感激し、奉安堂での御開扉に心が洗われる想いをし、総会では素晴らしい体験発表に涙して聞き入りました。
  その時、ふと母の事が思い出されたのです。

私は、幼い頃から母と反りが合わず、父の死後、一人暮らしになった母と、六年間も疎遠になったままだったのです。 総会を終えて九州に戻った私は、娘とともに、さっそく母を訪問して折伏しました。しかし母は、「嫌だ、嫌だ」と反発して聞き入れてくれません。それでも毎週のように母を訪問したり、自宅に泊めては折伏をしていく中、娘の口から「ばあちゃん、この信仰につかなかったら、もう二度と、ばあちゃんの家に行かないし、この家にも呼ばない」との爆弾発言が飛び出しました。
  母は「そんな悲しい事、言わんでよ」と泣きだしましたが、この娘の強い勧めが背中を押したのでしょう、数日後、宮城班長からもていねいな説明を聞いて、母も納得して入信することができました。(拍手)
  高齢の母は、お経を読むのに、ずいぶん時間がかかりましたが、それでも毎日、欠かさずに勤行をしていったところ、前々からの悩みだった股関節のひどい痛みがやわらいでいき、一時間以上も正座ができるようになったのです。この現証により、母も御本尊様の功徳を確信でき、真面目に信心を続けられるようになりました。そして、気が付くと、母は週の半分は私達の家に泊まって、一緒に生活するようになっていました。

その後、母の援助によって家を増築し、母との同居が始まりましたが、もともと反りの合わない母と一緒に暮らすなど、少し前まで全く考えられないことでした。これも、御本尊様の功徳によって、親子の絆が蘇ったのだと思います。
  なおまた、入信前は経済的にずいぶん困窮したものですが、母が私達と同居するようになったことで、それまで母の住んでいた家を賃貸に出して、家賃収入が入るようになり、さらに、別れた夫が突然、連絡をしてきて、子供達の養育費を入れてくれるようになったのです。
  こうして、経済的にもすっかり安定した生活となり、本当に御本尊様のおかげと、有り難く感謝するばかりです。

息子が起こした大事件
我が耳を疑った判決内容

そのような中、平成二十二年二月に、息子が少年院から戻ってきました。
 息子は、地元の警察から鞍手町のガンとまで言われたほどの不良でしたが、帰ってきてからは、「真面目に信心して今度こそ更生する」と約束してくれ、朝夕の勤行に励んで、会合にも参加するようになりました。そして、友人を折伏して入信させ、その年の第三十二回総会に一緒に参加することもできました。

ところが、時間が経つうちに、息子は次第に信心が緩んで勤行を怠けるようになっていき、そうすると、たちまち昔の息子に戻って、とんでもない事件を起こしてしまったのです。
  その日、息子は友人達と車検切れのバイクに乗っていたところを警察の検問に遭い、停めようとした警察官を跳ね飛ばして逃げてしまったのです。警察官は、命は助かったものの、全身打撲と脳挫傷に数カ所の骨折という重傷で、新聞にも「暴走族が警官をはねて逃走中」と報道されました。
  後で聞いた話ですが、息子は、警察官をひき殺してしまったものと思って、「もう、これで自分の人生は終わった。すぐにでも死んでしまいたい」と、自暴自棄になって逃走したようです。

息子が一日も早く自首してくれるようにと御祈念する中、事件から六日後、息子は逮捕されました。殺人未遂事件として立件される可能性があると聞き、本当に取り返しのつかない事をしてしまったのだと思いました。
  息子の方も、さすがにこたえたようで、留置所や鑑別所の中で真面目に勤行・唱題を行なうようになり、警察官や調査官・弁護士を相手に「勤行をしていると、とても落ち着いて真面目でいられるのですが、勤行を怠けると心のブレーキが効かなくなってしまうのです。でも、創価学会とは違いますので安心してください」等と、自分なりに仏法の話をし、私が差し入れた『捨邪帰正のすすめ』を裁判所の調査官に渡したりしていました。
  やがて、判決言い渡しの日がきました。
  息子の罪状は、公務執行妨害、傷害、道路交通法違反、道路運搬車両法違反、自動車損害賠償法違反で、それなりに厳しい処罰となることを覚悟しました。ところが、この時、裁判官が出した判決は、息子を自宅に置いて様子を見守るという「試験観察」だったのです。息子も私も、我が耳を疑い、ただただ驚くばかりでした。

さらなる御本尊の御加護
功徳で完全に更生した息子

 この、思いもかけない結果に、息子は御本尊様の御慈悲に感謝して、日々、勤行に励むとともに、真面目に将来を考えて就職活動までするようになりましたが、この時の事件については、さらに御本尊様の御加護があったのです。
 事件から四年が経った平成二十五年十月のこと、地方公務員災害補償基金というところから通知がきました。中身を見ると、事件の被害者である警察官の入院治療費として百四十八万円の損害賠償を求める、というもので、即刻、支払うように、という通知でした。
 じつは事故のあった後、「安定した収入が得られるようになり次第、弁済していく」と約束し、私と息子で確約書にサインをしていたのです。
 約束とはいえ、そのような多額のお金を、すぐに用意することもできず、何とかならないものかと、弁護士の無料相談会に足を運びましたが、「確約書がある以上は、免除も減額もあり得ない」という回答でした。
 すっかり落ち込んでいると、佐藤部長から「しっかりしろ。御本尊様を信じなくてはダメだ!」と一喝されました。
 思えば、四年前に奇跡のような判決が出た時は、有り難くて有り難くて、泣いて御本尊様に御礼申し上げたのに、今、損害賠償の請求を受けたくらいのことで、頭をかかえて御本尊様に祈ることもできなくなっていたのです。何という弱くて恥ずかしい信心だったのでしょう。私は、心から懺悔して唱題していきました。そして、必死に折伏もし、その年の班の折伏誓願十二名に対して、十四名まで折伏を進めることができました。(拍手)

そのような中、地方公務員災害補償基金の担当者から連絡があり、面談して返済計画を話し合うこととなりました。
当日、家にやって来た、こわそうな担当者から「一年以内に全額返済してもらわんといけんのよ」と厳しい口調で言われ、私と息子は、「わかりました。なんとか頑張って払っていきます」と答えました。
  そして、しばらく雑談していたところ、担当者が「じゃあ、こうせんね。今年中に払える金額でいいから、払っとかんね。一割くらいでいいから」と言ってきたのです。訳が分からずにいる私達に、担当者は「母ちゃんも息子さんも真面目やないね。この間もおたくらと同じような案件があったけど、あんまりにも横柄だったから、三五0万円請求してやったよ」「後から払込用紙を送るから、払える金額を書いて入金してな」と言って、帰っていってしまったのです。
  「また御本尊様が守ってくださった!」と感激し、息子と二人、すぐに御本尊様の御前に座って御礼申し上げました。
こうして、御本尊様の絶対の御力を、身をもって何度も体験した息子は、今度こそ弛みなく仏道修行に励むようになって、完全に更生することができました。

家族全員に及んだ功徳
今、健康で充実した日々

さらに、御本尊様の功徳は、息子のみか家族全員に及んでいきました。
 娘は、多感な時期に、兄が非行に走ったり、親である私達が離婚したことで、本当に辛い思いをしてきましたが、入信以来、勤行・唱題を根本に、友人達を次々に折伏して、二十三人を入信に導き、その功徳で地元の優良企業に就職し、今は充実した生活を送っています。
 また、別れた主人は、頑なに信心を拒み続けていたところ、罰を受けて適応障害になり、それを機に入信することができました。そして、その後、職場で断行された大リストラの中、主人だけが、リストラを免れることができたのです。主人もこの功徳にとても喜んで、前向きに信心しています。

最後に母のことになりますが、私の母は、もともと人付き合いの苦手な人でしたが、入信後、次第に同志・先輩の悪口を言うようになりました。それを停めると、「あんたは身内より他人が大事なんね」と言って逆上してしまいます。しかし、そのようなことがあると、決まって数日のうちに体調不良になり、ひどい時には過呼吸を起こして救急搬送される事すらありました。そして、さんざん苦しんで、「退院したら、もう二度と信心している人の悪口は言わない」と言うのですが、すぐにまた同じことを繰り返すのです。
  その結果、とうとう母は健康を損ねてしまい、腎臓機能が低下し、人工透析を受けなくてはならない一歩手前、という状態になってしまいました。
  私は、そんな母が次第に疎ましくなっていき、酷い話ですが、「早く死んでしまえばいいのに」と思うことさえありました。

そんな心情を佐藤部長にうち明けて、母を施設に入れて楽になりたいと話したところ、部長からは「今、お母さんを施設に入れたら、一生、後悔するぞ。以前、お母さんと二時間の唱題をしていた時は、仲良くできていたじゃないか。御本尊様を信じて、祈っていくんだよ」と、厳しく叱られてしまいました。
  さらに、その直後に行なわれた本部講習会では、大草講頭から目の覚めるようなお話を伺ったのです。
  講頭は、「嫌なことや不満があると、全部まわりのせいにしたり、人のあらを探しては攻撃する、という人がいるけれど、それはほとんどが浄土真宗の害毒によるものであり、その人自身も、むしろ邪宗の被害者なのです」と話されたのです。私は、その指導に大きな衝撃を受けました。
  母が、いつも他人の欠点を捜したり、批判ばかりしているのは、邪宗教の害毒によるもので、母はむしろ、その被害者だ、ということがわかったのです。私は、邪宗の害毒に支配されてきた母の心の苦しみを思い、信心の功徳で何としても変わってもらおう、と決意しました。

そして、母を誘って、一緒に折伏をしていきました。
  すると、母もデイケアで親しくなった人達を自宅に連れてきて、折伏をするようになりました。そのような中、母から折伏されて反発したAさんが、デイケア中に、大勢の人の前で、母に露骨に嫌味を言うようになったのです。母は腹を立てて、「もうデイケアには行きたくない」と言い出しましたが、私は「良かったね。折伏して悪口を言われたら、かえって幸せになれるんだよ」と、母に転重軽受の大功徳について話してあげました。
 すると、この折伏をした直後のことです。悪化の一途をたどっていた母の腎臓機能の数値が、突如として正常値に近づいて、人工透析の必要がなくなってしまったのです。本当に驚きました。
 そして、この体験をした頃から、母の精神状態は安定していき、同志の方の悪口も一切言わなくなってしまいました。
 母は今、御本尊様の御もとで、これまでの人生で一番充実した日々を過ごしています。
 また私も、入信以前は九時間以上の睡眠をとっても疲れがぬけなかったのですが、今では、四、五時間の睡眠でも平気になり、共に信心してくれる家族に囲まれて、健康で、楽しく、充実した日々を送れるようになりました。

ここまでこれたのも、大御本尊様の御加護はもとより、講頭・諸先輩方の御指導と、同志の皆さんの支えがあったからです。まだまだ至らない信心ではありますが、この御恩に報いるべく、御法主日如上人猊下の御命題である平成三十三年の法華講八十万人体制の構築に向けて、今後いっそう折伏に励んでまいります。ありがとうございました。(大拍手)