邪宗の害毒で我が子に深刻な障害が
重度の二分脊椎症を正法の功徳で克服


第40回総会より
布施 昌士 さん

   私は日蓮正宗に入信して十二年になります。
  入信以来、生まれつきのアトピー性皮膚炎が自然に治癒したのを始め、数々の功徳を御本尊様より頂戴いたしましたが、今回は、娘の身に、絶大なる御加護をいただきましたので、発表させていただきます。

 私は一昨年四月、縁あって結婚し、その年の暮れには妻の妊娠もわかり、ささやかな幸せを感じたものですが、それも束の間、自らの重い罪障を痛感させられる事態に直面しました。

 妊娠四ヶ月に入った昨年二月、妻のお腹にいる子供が〝二分脊椎症(にぶんせきついしょう)〟という病気であることがわかったのです。

 二分脊椎症というのは、二千人に一人くらいしか発症しない難病で、胎児の脊髄がムキ出しになったまま産まれてきてしまい、そのため、さまざまな症状や障害が引き起こされる病気です。私の子供の場合、歩行障害と排泄機能障害に加え、合併症として水頭症や脳の奇形になる可能性が高く、重症の場合は、全く下半身を動かすことができず、排泄も手助けが必要となるだろう、とのことでした。そして医師からは、「妊娠を継続するか、ここで中絶するか、夫婦でよく話し合ってください。ただし、出産する場合は、よくよくの覚悟が必要ですよ」と、重大な決断を迫られたのです。

 私は、その言葉を聞いた瞬間、「自らの罪業だ」と思いました。
  といいますのは、私の家は、先祖代々、新潟県で浄土真宗の檀家総代をしてきた家系で、祖父は、自分達が東京に出てくるのに際し、寺も一緒に引っ越しをさせたほど熱心な念仏の信者でした。私の父は、それが自慢で、毎朝、念仏の経を読んでいました。

 その間違った宗教の害毒によるものでしょう、私は、ひどい喘息とアトピー性皮膚炎をもって生まれてきたのです。

 さらに私は、幼い頃から、先祖供養のためと言われて、頻繁に行なわれる念仏の仏事に積極的に参加して、邪宗の本尊に手を合わせてきました。近隣で行なわれる邪宗の祭りにも参加して、神輿(みこし)に乗ったりもしていたのです。

 これらの行為は、日蓮大聖人様の正しい教えに照らせば、地獄に堕ちる原因となる大謗法でした。まさに大聖人様が
  「謗法と申す罪をば、我もしらず人も失とも思はず。但仏法をならへば貴しとのみ思ひて候程に、此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり」(御書一二五八頁) と仰せのとおり、知らず知らずとはいえ、不幸の原因となる大変な罪業を重ねてきたのです。

 私は、日蓮大聖人の仏法を学ぶなかで、自分が先祖から引き継いできた邪宗の害毒や、自らが今生に作ってしまった謗法の罪業がいかに重いものか、ということを知り、何もなく無事に一生が終わることは絶対にあり得ないと、かねて覚悟してきました。

 ですから、お腹の子供の障害を聞いた時、私は即座に「自分の罪業の報いだ」と思ったのです。
  そして、我が家の御本尊様の前に座って、唱題しながら、過去から現在までに犯してしまった数々の謗法行為と、それによって刻まれた罪障を懺悔していくと、止めどなく涙が溢れてきて、心の中で繰り返し繰り返し、「御本尊様、申し訳ありませんでした」とお詫びしました。

 それから、今まで講中で教えていただいてきた仏法の道理を思い返して、夫婦で話し合った結果、「仮にここでお腹の子供を中絶したとしても、お互いの罪障が消滅していないかぎり、どのみち別の形で罪障が現われて、重い苦しみに苛(さいな)まれることになる。ならば、子供と共に罪障消滅して病気を乗り越えさせていただこう」と決意し、出産することにしました。

 その上で、大草講頭に個人指導をいただきました。
  講頭は、「今回の子供の問題は、夫婦二人の業によるものです。宿業によって起きた苦しみは、どこへ逃げても、いかなる方法論をもっても免れることはできません。しかし、その宿業は正しい仏法に背いて作ってしまったのだから、精いっぱい、身を惜しまずこの信心をしていくなら、どんな重い宿業でも必ず今生で消し果てることができます」と言われ、「絶対に悪い結果にはならないから大丈夫だよ!」と大確信の上から、力強く励ましてくださったのです。

 私は、妻と二人、身を惜しまず信心修行を貫いて、なんとしても罪障消滅させていただこう、そして子供を助けていただこう、と決意しました。

 その後、東大病院で精密検査を受けたところ、胎児の二分脊椎症は、かなり重症であることが確認されました。そして、具体的にどういう障害が出るかは、生まれてみないとわからないが、いずれにしても現代の医学では手の施しようがない、と告げられました。ほとんど絶望といわんばかりの状況に、もはや、いかなる方法論もありませんので、御本尊様におすがりするしかありませんでした。

 折しも、昨年のその頃、講中では第三十九回総会を迎えようとしていました。

 そこで、まず、一人でも多くの班員さんを総会に結集し、共に功徳を積ませていただこうと、真剣に御祈念して一人ひとりを訪問し総会に誘っていきました。その結果、結集目標を上回る二十二名の参加申し込みを受けることができたのです。

 総会当日の体験発表では、御本尊様に祈りぬき、折伏しぬいて、ついに末期癌を克服した体験を聞き、自分も同じ覚悟で問題を乗り越えていこうと、あらためて決意を固めました。

 そして総会後は、日々、心がけて折伏に励みました。「さらに!さらに!」との思いで班員さん達と折伏していったところ、二件、三件と折伏が進み、総会後の五ヶ月間で四名の方を入信に導くことができました。(拍手)

 さらに、本部警備や機関紙『妙観』の編集作業、支区座談会の準備など、自分が仏法のためにできることは、どんなことでも精いっぱいさせていただきました。時には、夜を徹しての活動もありましたが、こうして自分がさせていただくことが、全て功徳善根となって子供に回っていくことを信じ、全力で活動にあたっていったのです。

 やがて八月になって、帝王切開で出産することが決まり、私は、出産日の数日前から連日、総本山の丑寅勤行に参詣して、「どうか、産まれてくる子供の足が動き、歩けますように!」と必死で祈り続けました。

 こうして、八月七日午前十時、女の子が誕生しました。
  すぐに面会したのですが、娘の体に目を向けると、なんと、動かないだろうと言われていた足を動かしているではありませんか!(拍手)
  さらに、出産に立ち会った医師から、排泄の機能も具わっていることを聞かされ、妻と共に「良かった!」と、喜びを分かち合いました。普通なら当たり前のことが、私達夫婦にとっては大きな喜びだったのです。

 また、生まれたばかりの娘の背中からは、事前の診断どおり脊髄がムキ出しになっていましたので、その日のうちに、背中の傷口をふさぐ手術が行なわれました。五時間にも及ぶ大手術でしたが、小川御住職に御祈念していただいたお陰で手術は成功し、背中の穴はきれいにふさがりました。

 ところが、術後のCT検査を行なったところ、娘はすでに水頭症を起こしていることがわかったのです。しかも、体重が二一〇〇グラムしかなく、体が十分に耐えられないため、水頭症の手術は何回かに分けて行なわなければなりません。

 さらに〝キアリ奇形〟と呼ばれる先天的な脳の障害も出ていて、ミルクを吸う力や呼吸する力が弱く、成長が著しく遅れてしまうことがわかりました。

 さらに排泄に関しては、「機能はあるものの、やはり自力で行なうのは難しい。排便に関しては毎回、浣腸をして出し、排尿に関しては管を入れて導尿することになるだろう」と言われてしまったのです。

 これから何度も水頭症の手術を行なえば、当然、感染症を起こすリスクが高くなって命の危険が伴います。さらに親が一生、付きっきりで排泄を手助けしなくてはならない、との診断には、あまりの残酷さに、さすがに落胆する気持ちが起きかけました。

 その時、中林支部長を通じて診断結果を聞かれた講頭から、

 「すでに、産まれた時点で、医師による事前の見立てとは大きく違う良い結果が出たのだから、その事実について、御本尊様に対する感謝と感激を持つべきであり、その上から、さらに確信を深めて、今後いっそうの罪障消滅を祈っていくべきだ!」 との確信溢れる指導をいただいたのです。

 その指導に、私は、産まれた時点で大きな御加護をいただいておきながら、それを忘れて落胆しかけていた自分の惰弱な信心に気付き、心から反省しました。

 そして、御本尊様に信心の弱さをお詫びして、それ以来、全身全霊で祈り、歯を食いしばって折伏をしていきました。また、少しでも娘に功徳を積ませたいと思い、すべての信心活動を終えた深夜に妻と一緒に病院へ行き、呼吸器をつけた娘の耳元でお題目を唱え、ひたすら平癒を願ってきました。

 そうしたところ、子供は、医師達も不思議がるほどしっかりとミルクを飲むことができるようになり、どんどん成長し始めたのです。一か月後には二八〇〇グラムまで成長し、そのおかげで、水頭症の手術が一度で行なえることになりました。(拍手)

 生後一ヶ月以内に手術を行なうことができれば、知的障害が出る可能性も低くなるとのことで、ぎりぎりのタイミングで手術ができたのです。

 その後、講中の夏季合宿にも夫婦揃って参加させていただき、全ての行事に真剣に参加すると共に、行事の合間には寸暇を惜しんで唱題し、娘の無事を祈っていきました。

 やがて二ヶ月余りが経って、娘は集中治療室から一般病棟に移され、退院に向けての様々な検査が行なわれました。

 その中で、娘の排泄機能がしっかりしていて、排尿も排便も自力でできることが確認されました。(拍手)泌尿器科の医師からは「二分脊椎症の子供は九割以上が排泄に障害が残るのですが、予想をはるかに超えた良い結果です」と言われ、十月二十八日、無事に退院することができたのです。(拍手)

 今、振り返ると、最初に医師から告げられた「水頭症や脳の奇形に加えて、下半身が全く機能せず、一生歩くこともできないし、排泄も手助けが必要になるだろう」 という診断のことごとくが覆(くつがえ)って、娘は今、自ら足を動かし、水頭症であった影響もなく、脳の奇形も克服して力強くミルクを飲むことができ、排泄も自力でできています。  御本尊様の御力はなんと有り難く、なんと計りがたいのでしょうか。私は、この出来事を生涯忘れることなく、心に刻みつけていくことをお誓いしました。

 また、娘の病気が判明してから今日まで、講頭はじめ多くの先輩方から励ましていただき、同志の方々と共に闘って、夢中で走りぬいた日々でした。

 医師からは、元気な娘の姿を見て、「長い間、心配されたことでしょう。大変でしたね」とねぎらわれましたが、「つらい」と嘆いた日など一日としてなく、自らの過去の謗法をお詫びして、ひたすら御本尊様におすがりし続けた毎日でした。

 あらためて、講中で正しい信心修行の在り方を示していただけることは、本当に有り難いことで、おかげで、このような信心弱き私でも、御本尊様に娘の人生を守っていただくことができたのだと思います。

 生まれてから半年経った今、娘は、ミルクを人一倍飲み離乳食を食べるようになり、喜怒哀楽もしっかりと表現し、生命力に満ちあふれています。

 娘を膝に乗せてお題目を唱えていると、娘の人生を守っていただけたことに歓喜がこみ上げてきて、日々に御本尊様に感謝申し上げています。そして、この娘の体験をもって御本尊様の功徳の大きさを話すことが、私の最大の喜びであり、何よりの楽しみです。(拍手)

 この何ものにも代え難い御恩に報いるべく、一生を仏法に捧げる覚悟で自らの信心を鍛え、まずは平成三十三年の御命題達成に向けて精進してまいります。ありがとうございました。(大拍手)