誤てる仏教の害毒が一家の幸福を破壊
正法によりかけがえのない和楽を実現


第40回総会より
岡本 惇子 さん

   私は、六年前に、息子の知臣から折伏を受けて入信しました。
 私の実家は代々浄土真宗を信仰しており、ことに私の祖父と父は浄土真宗の僧侶をしておりました。そういう家に生まれ育ったのですから、私の人生は、まさに邪宗の害毒を絵に描いたような苦悩の連続でした。
 私は、結婚した当時から夫の酒乱に悩み苦しみながら、二人の息子を育ててきたのですが、そのような環境の中で育った子供達は両親を嫌い、家族の心はバラバラでした。
 とくに次男の知臣は、心がひねくれてまっすぐに物事をとらえることができず、常に人を攻撃し続けていました。少しでも思いどおりにならないことがあると、人格が豹変したかのように怒り狂い、人のアラを探しては徹底的に批判してくるのです。

 そんな息子は、家族から逃れるように、遠く離れた地で勝手に暮らすようになっていたのですが、勤める先でも必ずと言ってよいほど人間関係のトラブルを起こし、仕事を転々としていました。
 やがて、この息子の異常なまでの攻撃性は、単なる性格の問題ではなく、妄想性人格障害と自己愛性人格障害という、二つの人格障害を合わせ持った精神の病気であることが判明しました。さらに、この人格障害が元でウツ状態に陥(おちい)った息子は、どうにもならない苦しみの中で、幸いにも折伏を受け、日蓮正宗の仏法を信仰するようになったのです。
 息子は、毎日すがるような思いで朝夕の勤行を行ない、講中の会合や登山、折伏と、先輩に教えていただいたとおりに信心に励んでいったところ、その功徳でウツ状態から抜け出すことができ、人に対する強い恨みや妬(ねた)み、怒りなどがだんだん治まっていったそうです。

 ところが、そうした中でも、過去世の因縁によるものなのでしょうか、母親である私に対してだけは、どうしても怒りや反発の心が払拭(ふっしょく)できなかった、とのことです。ですが息子は、そういう心を抑(おさ)え、自らの人格障害という病と闘いながら、私に仏法の話をしてくるようになったのです。

 それに対して私は、宗教に先入観を持っていたため、全く聞く耳を持たず、逆に宗教は人を不幸にするものだと決めつけ、息子の折伏に反発し続けていました。

 こうして、七年間も反発し続けていた私の身に、ついに罰の現証があらわれました。平成二十三年三月、私は、病院でステージ3のS字結腸ガンであることを告げられたのです。しかも私のガンは非常に大きく、医師からは「手術はかなり難しい」と言われ、私は目の前が真っ暗になってしまいました。

  そのことを知った息子は、私のために正宗寺院で当病平癒の御祈念をお願いすると共に、私が正しい仏法に帰依(きえ)できるようにと、毎日御祈念してくれたそうです。おかげで、難しいと言われた私の手術は、無事、成功しました。
  事ここに至って、私は、手術が成功し大事に至らなかったのは、御住職様の御祈念と、息子が必死に祈ってくれたおかげであり、まさに御本尊様の御力であると感じ、まだ見ぬ御本尊様に対して心から感謝申し上げ、夫と共に日蓮正宗に入信させていただきました。

 入信後は、御本尊様に助けていただいたこの命を使って、何とか御恩返しをしよう、もう自分は何も欲しいと思わない、ただただ息子の人格障害を完全に治していただき、一家和楽の家庭になりたい――それだけを願い、息子と二人三脚で仏道修行をするようになりました。
 息子の人格障害による攻撃は、他人には向けられなくなったものの、私に対してだけは強く残っており、何かの弾みで、憎悪を剥(む)き出しにして「ぶっ殺してやる!」とか「お前を殺すイメージが脳裏を駆け巡る!」と怒鳴りちらしたり、ある時などは、一緒に自動車に乗っていたところ、突然怒(いか)りのスイッチが入ってしまい、「俺の苦しみがお前に分かるか! 車ごと、どこかに突っ込んで死んでやろうか!」と喚(わめ)き散らして車を暴走させたこともありました。そのつど、私は為す術もなく、「ごめんなさい!ごめんなさい!」とひたすら謝るしかありませんでした。

 
 その時は「もう死んでしまいたい」と思うこともありましたが、こうしたことが起こるのも、息子が抱えた病気のせいであり、仏法上から見れば、私達親子が先祖から引き継いだ邪宗の害毒と、過去世から刻みつけてきた罪障によるものです。この悪業(あくごう)を消していくためには、折伏していく以外にありません。

 私の住む栃木県の那須町は、古く小さな町ですが、息子の協力を得ながら、そこで友人や店で知り合った人達、さらに遠方に住む親戚などを、片っ端から折伏していきました。
当然のごとく、周りからは煙たがられ、気違い呼ばわりもされました。しかし、「そんなことはどうでもいい、とにかく今はこの息子の病気を治すため、誰に何を言われようと折伏していくしかない」と腹を決め、来る日も来る日も、折伏に廻っていきました。
そのような中、入信できる方が少しずつ出てきたのです。

 その中の室井美代子さんは、代々、浄土真宗の檀家という家に嫁いだのですが、御主人が仕事中に指を失ったり心筋梗塞で寝たきり状態になるという不幸に見舞われ、御主人の介護と仕事に頑張っていたところ、今度はご自分がリウマチになってしまい、さらには、息子さんも三十代半ばで脳梗塞で倒れ、後遺症で言語障害と半身麻痺になった上、ストレス性の難聴で左耳が全く聞こえないという状況で、行き場のない苦しみにさいなまれていました。

  私は、その室井さんを何としても助けたい、この御本尊様を拝ませてあげたいと思い、不幸の根源は邪宗謗法にあること、これを改めないかぎり絶対に幸せにはなれないことを、持てる力の限りを尽くし、涙ながらに訴えていきました。その想いが通じたのか、室井さんと息子さんのお二人はそろって入信されました。
 それから私は、毎日朝晩、室井さんのお宅に通い、約一年間ずっと一緒に勤行をしてきました。

 そのような中、一昨年(おととし)の第三十八回総会に室井さん親子が参加した時のことです。お母さんの美代子さんは、リウマチで歩けず、車イスでの参加だったのですが、なんと、総会終了後、車イスから降り、自分の足で階段をスタスタと降りていたのです。
 私は、目の前で起きている現証を見て、「何と凄いことか、何という御本尊様のお力なのか!」と、その場でひれ伏し、涙をこらえてお題目を唱えました。そして、信じられないことが起きたこの瞬間を、私は一生忘れない、一生涯この御本尊様のお力を信じていこう、息子の病も必ず治る、との確信を持つことができ、「必ず信心で克服するんだ」と固く心に決意することができたのです。


 さらに室井さんの息子さんも、大感激で帰宅したあと、なんと、聴覚を失っていた左耳が聞こえるようになったというではありませんか。私は我が事のように大喜びしてしまいました。
 
  また、私の夫のことですが、夫は、私と共に入信はしたものの、当初はあまり信心に前向きではありませんでした。そうこうしているうちに、夫はガンに罹り、手術することになりました。
 本人も気落ちして、食事ものどを通らない状況でしたが、「とにかくお題目を唱えていこう、もうすべて御本尊様におまかせしていこう」と訴え、一緒にしっかり勤行唱題をして、手術当日を迎えました。
 すると、驚いたことに、いざ手術という時、本来四センチもあったガンが半分の二センチに縮小していたのです。医師も「こんなことは初めてだ」と驚いていました。しかも手術後は、十日という速さで退院でき、その三日後には仕事に復帰できたのです。
 夫は陶芸の仕事をしているのですが、その年の十月にはかねてからの念願であった個展を開くこともでき、大成功することができました。

 さらに、私自身も大きな功徳をいただくこととなりました。
 まず経済面のことですが、私達夫婦は老後の蓄えもほとんどないため、これから先の余生を大変心配していました。
 経済的に大変厳しい状態でしたので、毎月総本山へ行くにも高速道路が使えず、那須から毎回、七、八時間かけてひたすら一般道を通って参詣させていただいておりました。
 そのように毎月のように総本山に歩みを運び、功徳を積ませていただいたおかげでしょう、思いがけない形で収入が入り、併せて主人の仕事もうまくいくようになり、私も七十を過ぎてから正規の職員として雇用してもらえたりと、考えられないようなことが立て続けに起きて、今では何の心配もなく、前を向いて人生を歩んでいけるようになったのです。本当に御本尊様に感謝しております。

 そして、何よりも有り難いことは、息子の知臣と協力し合って、折伏に登山に会合に、そして御供養にと、共に仏道修行に励んできたところ、時間はかかりましたが、ついに息子の人格障害を完全に克服することができたのです。
 今では、息子と安心して居ることができ、本当に仲の良い親子に生まれ変わることができました。本来であれば一生味わうことのできなかったであろう、本当の一家和楽の人生を手に入れることができたことは、私にとっての一番の幸せであり、何にも勝る心の財(たから)です。

 振り返ってみると、どんなにつらい時でも大聖人様の仰せを信じ、もうこれしかないと思って、毎日毎日、息子と共に折伏に廻っていたことが、本当に楽しい思い出です。
これからもっと多くの人達に御本尊様の偉大さをお伝えし、この御本尊様でしか悩みは解決しない、幸せになれないということを訴えて、折伏に邁進(まいしん)していく決意です。
ありがとうございました。(大拍手)