光を放つがごとき妙相を現じた父

第41回総会より
金澤 智子さん

七年間正法に背き続けた父
誹謗直後の現罰で入信

 昨年六月四日、私の父が八十八歳で他界いたしました。本日は、父の生前から臨終に至るまで、御本尊様の多大なる御加護をいただいたことについて、発表させていただきます。父は、私が昭和五十七年に入信してから後、七年間、信心に背き続けていました。
 長年、教職に就いていた父は、宗教を単なる学問として捉えていた感があり、そのためか、私が入信したことに対しては、特に反対するということもありませんでした。
 ところが、仏法の大切さがわかってきた私が両親を折伏していくと、母は辛うじて御授戒だけは受けることができたものの、父は、自分には強制するな、と言って固く心を閉ざしてしまったのです。
 私は、このままでは大切な父を地獄に堕としてしまう、と深く悩むようになりました。そして、父に一日も早く信心に付いてもらうことを願って、まずは自分が功徳を積むために周囲の友人達を折伏し、月々に六名七名と入信に導いては、その功徳を父に回していただけるよう御本尊様に祈り、父に対しても粘り強く折伏していきました。
 そして平成元年七月、実家に行って父を折伏した時のことです。
 いつも温厚だった父が、初めて大きな声を出して、仏法を誹謗してきました。すると、その直後、誹謗した父の唇が紫色に腫れ上がってしまったのです。
 この現証を目の当たりにした私は、思わず「お父さん、これが仏法を誹謗した罰なんです」と言いきりました。
 その言葉に、傍らで聞いていた母が激高し、「親に向かって罰とは何事だ!」と言って、私を殴りつけてきました。
 すると、今度は私を叩いた母の腕までが紫色に腫れてしまったのです。
 この現証に、父は大いに驚き、初めて素直に話を聞けるようになり、その日のうちに御授戒を受けることができました。(大拍手)
 入信後の父は、誘えば何とか勤行をし、年一回の総会にも参加する、という程度の信心でした。しかし、今から十三年前、母が乳ガンを発症したことから、母と共に御本尊様におすがりして、懸命に勤行をし、総本山にも参詣するようになりました。

 やがて平成二十七年、八十五歳を迎えた父は、老衰によって身体が衰えてきたため、介護施設に入居することになりました。
この頃から私は、遠からず訪れるであろう、父の臨終について考えるようになりました。
そして、『古来の作法と信条』に載っている臨終の心得を、何度も何度も読み、足繁く父の施設を訪れては、共に御本尊様を拝してお題目を唱えていきました。
 その中で父は、体調が悪化する都度に、御住職様に御祈念していただき回復する、という体験を重ねて、御本尊様への信心を深めていきました。
 その様子を見た私は、父にさらに功徳を積んでもらおう、折伏もしてほしいと思い、施設の人達が集まるリビングに行き、父と一緒に仏法のことを話して折伏していくよう心がけました。
 こうして父は、施設内で、信心を根本に充実した生活を送っていましたが、一昨年に入ると一気に体重が減少し、体力の衰えも進んできました。
 夏には、臀部(でんぶ)に十二センチもの大きな床ずれができました。その時は、肉がそげ落ちて、骨まで見え、大部分が壊死するという状態で、二ヶ月半の入院治療を余儀なくされました。
 しかし、この時も御住職様に御祈念をお願いし、病室で一緒に唱題していったところ、壊死したはずの臀部の空洞に、なんと新しいピンク色の肉が再生し、床ずれもほとんど完治する、という驚くべき現証があらわれたのです。(大拍手)
 父は、御本尊様の御加護に、「有り難い!有り難い!」と涙を流し、いっそう真剣にお題目を唱えるようになりました。
 ただ、さすがに老衰のため、退院後は寝たきり状態となって、次第に身体の収縮が進み、手足も曲がっていきました。
 もし、父が強盛に折伏できるまでの信心になっていたら、あるいは、罪障消滅ができて、もっと違った結果になっていたのかもしれません。私は、そこまで育成できなかったことが心から悔やまれ、父に対する申し訳なさで、胸が押しつぶされそうでした。

 
 さらに昨年四月には、三十九度台の熱が出て、いっこうに下がる気配がなく、緊急入院となってしまいました。
 病名は「腎盂腎炎」で、尿には膿が混ざり、緑膿菌などのウィルスに感染している、とのことでした。胸にもお腹にもたくさんの水がたまり、心臓の動きも悪く、輸血を必要とするほどの貧血状態となっていました。骨も、骨粗鬆症でスカスカになっていたため、首から腰に至るまで、何カ所も圧迫骨折を起こしていました。
さらに検査を進めた結果、脳も萎縮していることから、アルツハイマーの症状が出てくるだろうと診断されたのです。
 事ここに至って、私は、父の余命が残りわずかであることを覚悟しなくてはならなくなりました。そして御住職様に、父の当病平癒と罪障消滅の御祈念をお願いするとともに、御本尊様に「どうか父を助けてください」と必死で唱題しました。そして、可能な限り父の病室に通っては、共にお題目を唱えていきました。
 すると、一週間後には、父の体内から緑膿菌が消えて平熱に戻り、胸にたまっていた水も減って、血液中のカリウムの数値も正常値に落ち着いたのです。
 こうして腎盂腎炎が完治し、今度こそダメかもしれないと思っていたものの、またしても御本尊様に助けていただいたのです。(大拍手)
 父の病室へ行くと、熱が下がって、腎盂腎炎の症状もなくなったせいか、とても御機嫌でした。
 その時、もともと数学の教師をしていた父は、暗算で二ケタのかけ算をして正解を連発してみせたり、受け答えも至極まっとうで、表情もしっかりしていて、アルツハイマーの気配など微塵も現われていませんでした。
 そして、今度もまた病気を克服させていただいたことを感謝し、「有り難い!有難い!」と言って、お題目を唱えていました。
 こうして、意識もハッキリとして、穏やかで明るい時を過ごした三日後の未明、父は静かに息を引き取りました。
 すでに呼吸が止まり心臓も停止している、との連絡に、急いで病院に駆けつけました。臨終に立ち会うことができなかったことに、一抹の不安はありましたが、対面した父が安らかな相だったことに、ひとまず安堵し、取り急ぎ、中林支部長と吉尾部長に連絡を入れました。その後、いち早く支部長からの報告を聞いた講頭が「臨終に立ち会えなかったとしても、御本人がしっかり唱題していたのだから大丈夫。しっかり育成してきて良かったですね」と言われていた、と伺い、感無量の想いでした。
 それからは、父の命を御本尊様に引き取っていただけるよう、ひたすら唱題していきました。すると、そのお題目に歓喜しているかのように、父の目から涙が流れ、嬉しそうな表情になっていきました。そして父は、どんどん素晴らしい姿になっていったのです。

 日蓮大聖人様は、生前、真面目に信心に励んだ人が臨終を迎えたなら、成仏といって、死後は必ず安楽な境涯となる。その証拠が遺体の相にあらわれて、生前よりきれいな色白の肌になり、腐敗臭も出ることなく、遺体は軽く、死後硬直が起こらず柔らかいままである、と仰せになられていますが、父は、まさに、その通りの姿となったのです。
生前の父は、ほとんど歯がなかったことから、入れ歯をしないと、口もとや顎が極端にやせ細っていたのですが、臨終を迎えた直後から、唇がふっくらと盛り上がって、整った口もとになっていきました。そして、時間とともに、いっそう肌は白くなり、透明感を増していきました。
 また、亡くなってから告別式まで丸六日間ありましたが、その間、ドライアイスを取り除いたにも拘わらず、腐敗臭など一切、出ることなく、身体は終始、柔らかいままで、その上、顎(あご)には黒い髭(ひげ)まで生えてきたのです。
通夜の前日には、生前、曲がったまま固まっていた手足が、柔らかくなって真っ直ぐになりました。さらに、圧迫骨折もあって、全身がエビのように曲がり、一メートルにまで収縮していた身長が、元々の一七〇センチにまで伸びていたのです。
 さらに納棺に際して着替えをさせようとした際に、遺体にかすり傷を作ってしまったのですが、何と、そこから赤く血が滲み出てきたではありませんか。普通は、亡くなれば、血液は凝固してしまうはずですが、これには皆、驚いてしまいました。
 最後のお別れの時には、やせ細っていた頬もふっくらとして、皺(しわ)も消え、二十歳は若返っていました。肌はいよいよ白く、艶があり、唇には紅がさしていました。
葬儀社の人達からは「こんなにきれいな御遺体は初めて見ました」と言われ、講中の皆さんも「凄い!輝いています。『死すれば光を放つ』との仰せは、こういうことを言われているのですね」と驚いていました。
 華王寺様の御尊師に通夜・葬儀を執行していただき、荼毘に付した時には、骨粗鬆症でスカスカになっていたはずの遺骨が、一本一本、本当に頑丈で白いまま原形を留めており、骨壺にやっと収まる状態でした。
 私は、臨終の相という、こうした動かしがたい現証を目の当たりにし、生命が三世にわたって続いていること、大聖人の仏法が真実、即身成仏の大法であることを、改めて心から深く確信させていただきました。
 また、これまでの経緯を振り返った時、私の惰弱な信心と功徳では、父の臨終を守りきることなど、できなかったと思います。やはり御住職様に、何度となく父の罪障消滅と当病平癒の御祈念をしていただき、さらに、臨終から葬儀までの一週間、講中の皆さんが駆けつけて、お題目を唱えてくださったればこそと、心から感謝しております。
 さらに、平成二十三年以来、支区一丸となって、毎月、毎年の折伏誓願を達成し続けてきた功徳も、計り知れないほど莫大だったのだ、と確信します。妙観講で信心させていただけることが、本当に有り難くてなりません。
 この御本尊様の大恩に報いるために、そして、父の追善供養のために、まずは、二年後の御命題に向けて全力で精進してまいります。ありがとうございました。(大拍手)