仏法を根本に、堕落した人生から蘇生!

第42回総会より
熊谷 華さん

仏法を根本に、堕落した人生から蘇生!

私は妙観講員である両親の元に生まれ、幼いころから何不自由ない生活を送ってきました。
両親も祖母も皆、班長をしており、特に母と祖母は、幼いころから私を折伏や家庭指導に連れて行ってくれましたので、その姿を見て育った私は、自分も折伏したいと思うようになり、中学生の頃には友達をどんどん折伏していきました。そして、異例なことでしたが、中学三年の時に班長の任をいただき、班の中からは班長補佐も出ました。

そのように信心修行に励んだ功徳は絶大で、班員さんにも次々と功徳の体験が現われ、高校入試の際には、絶対に入れないと思っていた進学校にも合格することができたのです。
しかし、それだけの功徳をいただきながら、私は、高校に入って、新しい環境になると、様々な誘惑や怠け心に負け、徐々に信心を崩していってしまったのでした。会合に参加せずにいると、信心の大切さが全くわからなくなり、やがて勤行もしなくなり、とうとう私は信心を退転してしまったのです。

日蓮大聖人様は、
「寂光の都ならずば、何(いづ)くも皆苦なるべし。本覚の栖(すみか)を離れて何事か楽しみなるべき」 (御書三〇〇頁)
と仰せられ、御本尊様を根本とする生活から離れたならば、そこに本当の人生の幸せはない、どこにいても必ず苦しみと迷いの人生になる、と仰せられていますが、退転した私には、本当に迷いと苦しみの人生が待ち受けていました。

退転してしまった頃から、私は次第に、悪い友人とつるむようになり、学校をサボり、家にもあまり帰らなくなっていきました。
両親に内緒でバーでアルバイトをして、高校生の身でありながら平気で酒を飲み、バーの常連客の家に泊まったり、制服姿で深夜遊び歩いていたので、何度も変な人達に出会い、今考えれば、いつ事件が起きてもおかしくない異常な生活でした。

少年院や、少年刑務所から出たばかりの人たちとつるむようになってからは、その遊びもひどくなっていき、バクチにまで手を出すようになりました。

そんな中でも、先輩方や両親が御祈念し、支えてくれたおかげで、なんとか高校を卒業して、就職し、少しずつ信心を立て直していったのですが、一旦退転してねじ曲がってしまった私の信仰姿勢は、簡単に改まることなく、仕事でも度々問題を起こし、またもや勤行をしなくなってしまったのです。

この御本尊様から離れて、本当の幸せはない、必ず迷いと苦しみの人生になる、ということが骨身に染みていなかったからに他なりません。

ついに御本尊を放置し家出
地獄の日々の中で心も病み

 そしてある日のこと、仕事も家族も信仰も全てを捨てて、新しい人生を始めようと思い立ち、アパートに自分の御本尊様を置き去りにして鍵を閉め、誰にも何も告げず、飛び出してしまったのです。退転したばかりか、御本尊様を軽く扱い、粗末にして、うまくいくはずがありません。
交際していた人の家に居候して、「二度と親の元に帰ることはない」と思っていた私に、謗法の罰は厳然と現われてきました。

交際していた人は熱心なキリスト教の信者でしたが、一緒に住んでみると、異常に感情の起伏が激しく、なんのきっかけもなく、突然私に暴力を振るい、罵倒して重いものを投げつけてきたりするのです。それは日に日にひどくなり、お金も取られ、部屋の鍵も渡されず、私はほぼ軟禁状態に置かれる地獄の日々となっていきました。

ある時など、急に怒り狂った彼が私の胸ぐらを掴み、そのままベランダまで引きずりだし、柵から私を落とそうとしてきました。その部屋はマンションの最上階にあり、落ちたら即死です。掴まれたTシャツも破れ、殺される、と思った瞬間、相手は急に優しい言葉を使い、泣いて謝ってくるのです。

キリスト教の信者には二重人格者が多い、と聞いていましたが、本当にその典型的な姿でした。
そうした常軌を逸した相手の言動におびえながらも、家出をした以上、会社や家族に合わせる顔もなく、これは御本尊様を粗末にした罰だと思った私は、ケータイで近くの日蓮正宗の末寺様を探し、そこへ行って御数珠も持たずに御本尊様にお詫びし、泣きながらお題目を唱えました。

一方、家出した私を心配した両親は、警察に捜索願を出し、先輩と共に私のことを真剣に御祈念してくれていました。その功徳によるものでしょう。本当に不思議なきっかけで、なんとか実家に帰ることができ、彼とは離れることができました。

しかし、長く退転状態だった私は、実家に戻っても勤行することができず、常に怒りや苦しみでいっぱいの精神状態で、友人との間でトラブルを起こしたり、またストーカー被害にあったり、警察沙汰になる騒ぎも起こしたりしました。
私は完全に精神を病んでしまい、仕事には行くのですが、まるで自分の中で複数の別人が、二十四時間コロコロと交代していて、自分が自分で無いように感じたこともあり、何をしても満足しない、苦しい、という、まさに地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちた状態でした。

何とか信心に戻ったものの
「懺悔せねば悪道を免れず」

 そんなある時、同じ会社で勤めていた、現在の主人である熊谷優介班長から、連絡がきました。 その頃の優介班長は、入信して間もなく、喜んで勤行に励んでいました。

私も心の中では「勤行したい」という思いがあるのに、できずにいたのですが、優介班長が一生懸命勤行をする姿に導かれるように、私も一緒に勤行ができるようになり、徐々に信心を取り戻していきました。 そして、これからも優介班長と一緒に信心して、共に人生を歩みたいと思うようになり、私たちは入籍したのです。

それからは、すべての会合に参加し、再び班長として信心活動に励むようになりました。
年間の折伏誓願も達成し、それを二年間続けたところ、主人はより良い会社に転職し、私は常に都内でトップの営業成績を取れるようになりました。
こうして功徳もいただけた私は、かつて退転という大謗法を犯したことへの懺悔もないまま、これで安心といった感覚になっていました。

しかし大聖人様は、
「小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬがれず」 (御書九六二頁)
「若し法華誹謗の失(とが)を改めて信伏随従する共、浅く有っては無間に堕つべきなり」 (御書一七七九頁)
と仰せられて、心からの反省懺悔をしなければ、作ってしまった罪は消えることなく、無間地獄に堕ちる、と仰せです。懺悔することを知らなかった私に、かつて作ってしまった罪障が苦しみとなって現われてきました。

長女を妊娠した際、つわりが酷くなって、毎日、常に吐き続け、何も食べられずに胃液を吐き、さらに食道が切れて血まで吐いて、栄養失調と重度の脱水症状で入院となってしまったのです。
さらに妊娠中期には早産になりかかり、二十四時間も強い薬を点滴し続けたために、血管がボロボロになり、出産の際には、私は七十時間もの異常な陣痛に苦しむことになりました。

さらに、この地獄のような出産をした後、一年がたっても陣痛で苦しむ夢にうなされ、病院を見ただけで、体が震え出すようになってしまったのです。
このような状態を、菊地部長にお話し、指導をいただく中で、私はやっと、自らが犯した謗法をまるで過ぎ去った過去の事として済ませ、仏様に心から懺悔せずにいたことに気づきました。

大聖人様は
「善に付け悪に付け法華経をすつるは地獄の業なるべし」(御書五七二頁)
「念仏者よりも久しく阿鼻地獄にあらん事、不便とも申す計りなし」
(御書五八三頁)
と仰せられ、いかなる理由であっても御本尊様への信心を捨てることは地獄に落ちる業因となること、また、正しい信心から退転することは念仏を信仰している者よりも長く阿鼻地獄に堕ちる、と戒められています。

私は生まれた時からずっと日蓮正宗の信心の中にいて、御本尊様に守られ、数えきれないほどの功徳を頂戴しておきながら、退転してしまったのですから、その罪障は念仏者よりも重く、その罰が今、現われているのだと思い知りました。

深い懺悔のもと信心に起つ
家族が入信、幸せな日々に

 そして、退転して御本尊様を置き去りにしてしまったこと、また大恩ある両親に大変な心配と迷惑をかけてしまったことを心から懺悔し、もう二度と退転しないことはもちろん、どんなことがあっても御本尊様を疑わないこと、ほったらかしてダメにしてしまった班を必ず立て直すこと、未入信の主人の家族も折伏しつくすこと、娘も仏法をお支えできる人材に育てることを、固く御本尊様にお誓い申し上げました。
すると、その頃からピッタリと悪夢を見ることがなくなったのです。

以来私は、なにかあるたびに、二時間、三時間と唱題を重ね、すべてを御本尊様に祈っていきました。また毎月夫婦で二~六件の折伏を行じ、仕事先では対象者づくりをして、社長はじめ、会社の人をほぼ全員折伏することもできました。支区の中でのことも、できることは全て功徳善根ととらえ、精いっぱい、お手伝いさせていただきました。

そのように功徳を積んでいく中、信仰に大反対だった主人の母も入信して現在では班長補佐となり、主人の兄も皆で折伏し、特に十八年間も行方不明だった主人の父を、御本尊様に見つけ出していただき、入信に導くことができました。
主人の家族は、かつて喧嘩が絶えず一家離散となり、それぞれが孤独で苦しい生活をしていましたが、正法につくことができてからは、家族皆で過ごせることを心から喜び、私のことも本当の娘のように大切にしてくれて、幸せな日々を送っています。
そして、一時はぐちゃぐちゃになってしまっていた私の班も変わっていき、班員の中から三人の班長を輩出することができました。

その功徳によるものでしょう、十年かかっても返せない程あった主人の借金が、たった二年で返しきれただけでなく、今では貯金がその借金の額を上回り、御供養も精いっぱいさせていただけるようになりました。そして、より良い家に住むことができ、折伏や家庭指導のために欲しかった車も手に入りました。

そして主人は、現在飲食業ですが、疫病であるコロナショックの状況下でも、生活に困窮することなく、日々御本尊様から守られていることを実感いたします。
今、振り返ってみると退転する罰は本当に恐ろしいと思います。
一時はどうしようもなく不真面目な人生に陥り、常に怒りと苦しみでいっぱいで、死んだっていいと思っていた日々でした。

しかし、心から反省懺悔して信心をやり直してきた今では、気分が落ち込んで嘆いたり、すぐにキレてしまうことがなくなって、むしろ周りから「優しいね、心が広い」 などと言われるようになり、昔の自分とは全く別人になっていることに気づかされます。
このような私であっても御本尊様はけっして見捨てることなく、まだまだ犯してしまった罪を懺悔しきれてもいないのに、このような大功徳を頂戴しています。この御恩に報いるべく、一生涯、家族皆で仏道修行に励み、お役にたてる人材へと成長してまいります。
以上です。ありがとうございました。(大拍手)