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体験発表<令和3年 第43回総会より>大功徳力の示現!我が生涯は妙観講と共に

中林 由子 さん

御存じの方も多いことと思いますが、私は、今から十六年前の平成十七年に、血液のガンである悪性リンパ腫を発症しましたが、御本尊様の絶対の御力によって救っていただきました。本日は、その後、現在までの経過について、発表させていただきます。

当初、私が悪性リンパ腫になっていることがわかった時には、すでにガン細胞が骨髄から全身の血液の半分にまで拡がったステージ4、つまり末期状態で、医師からは「余命はありません」と言われてしまいました。しかし、それ以来、一日三時間以上の唱題と、可能なかぎりの御登山を心がけ、さらに縁ある人を端から折伏していったところ、主治医から「気休めにすぎない」と言われていた抗がん剤治療が劇的に効果を上げはじめ、半年後には血液中のガン細胞はゼロになり、奇跡的に一命を取りとめることができたのです。

それは、まさに、大御本尊様の絶対の御力が発現した現証であり、私は、ひれ伏して御礼申し上げ、心より歓喜して仏道修行に精進するようになりました。
しかし、その時に私がかかった悪性リンパ腫は、一旦は消えても、必ず再発して、治ることがない、とされているタイプのガンだったため、その後も二ヶ月毎に大学病院に通い、経過観察を続けることとなりました。

そして、それから二年が経った時、大変な事態が起こりました。治療中に使われた大量のステロイド剤によって骨が破壊され、重篤な骨粗鬆症になっていることがわかったのです。骨粗鬆症とは、骨密度が七十%を下回った状態をいいますが、私の場合は五十二%にまで落ち込んで、少し転んだだけでも骨折してしまう状態になっていました。
しかも、二十歳を過ぎて身長が伸びることがないのと同じように、本来、年齢とともに減少していく骨密度が増えることは稀で、一%上げることさえ難しい状態でした。

そのような厳しい状況にあった平成二十年暮れ、さらに恐れていた事態が起きてしまいました。定期健診によって、腹部リンパ節の三ヶ所にガンの再発が発見されたのです。通常、ガンが再発した場合、その治療は、前回より、はるかに過酷なものとなっていきます。

その時、病院から今後の治療方針として示されたのは、とても生身の体では耐えられないような、凄まじい副作用を持つ、新たな抗がん剤による治療でした。その危険性を考慮して、主治医も治療を始めることに慎重になり、念のため、三ヶ月後に再度、精密検査をし、それでガンが進行していたら、速やかに治療を開始するいうことになりました。

このことを大草講頭に報告したところ、講頭は大聖人の御書の一節を引いて「今回のガン再発は、おそらく魔の所為に違いない。というのは、前回、末期ガンを克服するという大功徳をいただいたのだから、今度は本当に一点の曇りもなく御本尊様を信じ切っていけなくてはならない。それができるかどうか、その信心の程を十羅刹女が試されているのだろう」と言われました。

そこで私は、精いっぱいの信心修行に励むことを決意し、まず、自らの罪障消滅のため、縁ある人々を残らず折伏していくことを誓願し、実践に移しました。
さらに、功徳の源である総本山大石寺に、年間三十回以上登山させていただこう、と誓願しました。
その上で、毎日、どんなに忙しくても、二時間半以上の唱題をしていくことを決め、御本尊様にガンが消滅するよう祈っていきました。
すると、ガンの進行が止まったばかりか、医師が首をかしげる中、何の治療もしていないのに、一年後には全て消滅してしまったのです。それは、平成二十一年暮れのことでした。

折しも御宗門では、御法主日如上人猊下より、平成二十二年から平成二十七年までに法華講員五十%増、さらに平成三十三年(令和三年)の大聖人御聖誕八百年の佳節までに法華講員八十万人体勢構築、という御命題が示されており、妙観講としても、この御命題達成に向けての闘いが始まりました。

そして、この闘いの渦中、私は、生涯、忘れてはならない出来事に遭遇したのです。
それは、これまでにない大きな折伏目標に、一月、二月、三月と、講中として月々の折伏誓願を破り続けてしまったのですが、すると、四月になって佐藤副講頭が網膜剥離で失明の危機に瀕し、五月には講頭が二ヶ月にわたって声が出なくなるという事態に見舞われ、さらに七月になって、私が経過観察のために病院に行ったところ、なんと、ガンが全身の臓器十ヶ所に再発転移し、さらには骨髄にまで浸潤している、と診断されてしまったのです。

講頭は、この時のことを、日顯上人・日如上人両猊下への御報告書の中で、
「じつは一年前、中林が三ヶ所への再発という絶望的な告知を受けた時、私は御本尊様に『平成二十七年までの講員五十%増は必ず成し遂げます。それ故、何とぞ中林の命を救ってください』と真剣に御祈念し、その後、ガンが奇跡的に消滅する、という現証を得ていたのです。
そのように御本尊様に御誓いして、治していただいたにも拘わらず、スタートの一月から折伏目標の未達が続き、このままでは初年度の誓願も未達、平成二十七年の五十%増も惨敗することが確実になってきた時、一旦は治癒していたはずのガンが再発し急激に十ヶ所へ転移する、という事態となりましたので、私は〝これは折伏未達の罰であり、全ては私自身の責任である〟と痛切に思い知りました。
いくら自分なりに頑張ってきた、と思っても、御本尊様への御誓いを破っている以上、それは言い訳でしかありません。また、自らの信行の至らなさにより、一旦は救われた役員の命が失われるとしたら、私は講頭失格です」
と記されました。

そして講頭は、重大な覚悟をもって、八月一日に講中の全幹部を招集すると、折伏すべき意義と御法主上人の御恩徳を強く訴えた後、
「このまま、八月を破れ、本年度誓願も破れるのであれば、それは御法主上人の御恩徳を裏切るものであり、長たる私自身の指導力不足、信力・行力の不足という以外にない。その時には、自らケジメをつけて講頭の職を辞する所存である」
と言われ、全力を振り絞って折伏を進めるべきことを強く促されたのです。

皆で懺悔の涙を流して再起を誓った、あの瞬間を、今も鮮明に覚えています。私も、命を救っていただいた御恩に報いるため、御命題達成に向けて全力で折伏していくことをお誓いしました。

その日を境に、講中の折伏はグングン進みだし、月々の目標を大きく上回っていきました。その中で、多くの講員の身の上に、信じられないような功徳の現証があらわれ、私自身も、なんと骨髄の中に浸潤していたガンが消え、全身十ヶ所に拡がっていたガンの進行がピタリと止まってしまったのです。

本当に大聖人様が、身命も惜しまず折伏を行ずる者には、どんな不可能と思えることでも可能にする功徳がある、と仰せられていることが真実である、と思い知らされる実証でした。
以来、妙観講の折伏は上げ潮の勢いで進むようになり、翌・平成二十三年三月の東日本大震災でも、大災害の中心地にいながら三百四十余人の講員全ての命が守られる、という大功徳が現われました。

また私自身においては、進行の止まっていたガンに対し、いよいよ治療を開始することとなりました。この時に示された治療法は、認可されたばかりの新しい抗がん剤を投与するというもので、ガンの進行が止まっている間に、画期的な新薬が開発されていたのです。
画期的な新薬とはいえ、これは大変な劇薬で、この抗がん剤を投与された他の患者は酷い激痛に苦しみ、治療を中断する事態も起きていました。

しかし、有り難いことに、私はこの抗がん剤を投与されても何の苦痛を味わうこともなく、体内の十ヶ所のガンは、わずか三ヶ月で、全て消滅してしまったのです。
御本尊様の御力は、どこまで計り難いのでしょうか。それからというもの、私の中からは再発を恐れる気持ちはなくなってしまいました。
この大功徳は、もちろん私一人の惰弱な信心によるものではなく、講中全体として大折伏を成し遂げてきたことにより、その計り知れない功徳が、私たち一人ひとりの上に注いで、得られた御加護に他なりません。

かくして妙観講として、平成二十七年までに五十%増という目標を大きく超える百四十二%増を達成、今後は大聖人御聖誕八百年までに八十万人体勢構築、という御命題に向かって精進していくこととなりました。
私が悪性リンパ腫を発症した時、講頭は「必ず助けてあげるから」と言われ、どのような状況にあっても、講中全体の折伏を進められました。

そして、折伏誓願が果たされていく中で、大功徳が示現されて私の命は救われました。このことから、私は、個人としても、組織としても、仏様への誓願は絶対に破ってはならないのだ、ということを肝に銘じました。そして、私が支部長を務める支部の幹部の皆さんとも話し合い、仏様への御約束である折伏誓願を絶対に破らないこと、それが支部に属する一人ひとりの講員を守っていただくことになるのだ、ということを確認し、皆で毎月、必ず折伏誓願を達成していくことを固くお誓いしました。

また、皆で集まって共に唱題することの大事を教えられた日如上人猊下のお言葉を拝し、支部では、毎日の折伏・育成の活動が終了した夜九時になると、有志が本部や出張所・拠点に集まって、共に唱題するようになりました。
力のない私達にとって、月々に折伏を果たしていくことは、けっして容易いことではありませんでしたが、どんなに絶望的な状況でも、諦めることなく、共に唱題していくと、最後の最後で魔が破れ、誓願が果たされていったのです。

以来、七年間、支部においては、全ての支区が、毎月の誓願を破ることなく果たしてくることができ、その功徳で、かつて経験したことのない有り難い功徳があらわれてきました。
覚醒剤中毒だった講員が立派に社会復帰し、プロのサックス奏者を目指していた講員が世界的な成功をおさめ、生まれた時点で染色体異常、一週間の命と診断された赤ちゃんが元気に育つと――等々という奇跡的な体験が現われ続けました。

その中で、私自身も、かねて懸念されていた骨粗鬆症が大幅に改善してしまったのです。
還暦を過ぎた頃から、なぜか骨量が増えてきていたのですが、一昨年暮れ、定期的に検査していた整形外科で、「あなたは、もはや骨粗鬆症ではありません」と言われました。驚いて、渡された検査結果を見ると、かつて五十二%だった骨密度が、同年齢との比較では百二十一%、私は骨粗鬆症どころか、むしろ健常者よりも丈夫な骨になっていたのです。
まさか!と驚くような出来事でした。
一時は、骨粗鬆症が原因で保険にも加入できないほど、危険視されていたものが完全に健康体となったのです。

さらに大聖人御聖誕八百年を迎え、法華講員八十万人体勢構築も成就した本年の五月、私は、大学病院でペットCTによる検査を受けました。十六年前の悪性リンパ腫の発症以来、定期的に受けてきたものでしたが、今回は、十年以上にわたり、完全緩解が維持されてきたことにより、ついに、主治医から「もう、いいでしょう」と言われ、経過観察を終了することを告げられたのです。絶対に治ることはない、と言われた悪性リンパ腫の完治です。

これも、ひとえに大御本尊様の絶対の功徳力と、御法主上人猊下の御威徳、小川御住職の御祈念によるものであり、さらには、大草講頭の指導と、支部の皆さんが歯を食いしばって果たし続けてきた折伏の大功徳に支えられて、ここまで来ることができたものと、感謝してもしきれません。
御本尊様からいただいた、この命を使って、これから始まる妙観講の次なる十四年間の御奉公に、全力で臨んでまいります。ありがとうございました。(大拍手)